414.一縷
――ドクン、ドクン……。
縫い針が指にチクリと刺さる、そんな感覚だった。
(視界が、まわる……)
痛みは首から意識を失わせるように、じわじわと流れ込む。
少しずつ、ゆっくりと、染みていくように巡り自身が受けたのは間違いなくスピナの作った魔毒であると理解した。
(毒の流れを遅らせて。効果を、最小限に)
そう最後の力を振り絞るベリルは浄化魔法を、施す。
その際、自身を護るよう全身に光粒を纏う。その姿を見たスピナは『何してるの!』と声を荒げ目の色を変え彼女へ飛びつこうとしたが、しかし――。
“キィ―ン……”
『――なっ』
(弾かれた!? 触るどころか、近付けない)
『ベリルお前……この私を、スピナ様を拒否するなんてどういうつもり?』
まるで取り憑かれたのかと思う程スピナの言動は考えられない速さで、異常化してゆく。浄化魔法を発動したとはいえ産後で疲弊し体力も万全ではないベリルにとっては苦しい状況だ。それでも冷静さを欠かないベリルはここでスピナに対して一縷の望みを、見出す。
『ふっふふ、まぁいいわ。せいぜい足掻いてみせてちょうだい』
(お姉様の声色と艶のない肌、瞳の濁り。まさか)
――何者かに、心を囚われているのでは。
『私はベルメルシアの名に懸け……こ、この地を守る役目が……あります』
『はぁん? この私が調合し、洗練された魔法が……魔毒が! 口だけ当主の弱々しいお前に、消せるとでも思っているのかしら』
(何者かは判らないけれど)
『……貴方の好きには、させない!』
身体中で回っていたスピナの魔毒との戦い、そして。
『ドルミール(眠り)』
いつか時が来れば目覚められるように、愛するベルメルシア家と街の皆を守るために。彼女はその弱った身体に残る全ての魔力を使い自らの手で、永く、深い眠りへとおちていった。
ヒュゥォォー……ガタガタン……。
(風がでてきたわね)
どのくらいの時間が経っただろうか。
スピナは音のする窓ガラスに右手のひらをペタリと付ける。
(寒い……)
刺さるような外気温を窓越しに感じ左腕で自分の上腕を掴むように体を抱き締める。
『部屋は、暖かいのに。ね?』
(寒い。私の心臓は、もうとっくの昔に凍っているわ)
ふと、自ら永い眠りを選択したベリルの頬を撫でながらフッと鼻で笑い、一言。
『今回は運よく逃げたかもしれないけれど、次はない……覚悟なさいよ』
――目覚めれば、の話だけどね。
そして泣き叫ぶ芝居を始めるとベリルの部屋を、出ていった。
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