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412.悲劇


――我を忘れているのは一体、どちらの自分だろう。


 相手が恐怖で(おのの)く姿に愉悦を感じる、それが本当の自分なのか。

 それともたった今ベリルの純粋な思いに触れその穏やかな流れに助けられた気分になってくる、それが本物の自分なのか。


(今さら何を? 躊躇(ためら)うことがあるというの?)


 いや、もうそんなことはどうでもいいと首を横に振り再びスピナは蔑んだ口調で、話す。


『ねぇベリル、覚えているかしら? あの日、私が言わなかったマリーゴールドの花言葉。今からそれをお前に教えてあげようと思って』


 彼女の言うあの日とは――ベリルが学校に入学してから立ち位置が変わった瞬間である。それはまるで人気の座を奪われたような、可愛がっていたはずのベリルの存在を疎ましく感じ妬む気持ちが止められなくなっていった、まさにその頃のことだ。


『怖い……そう仰っていた花言葉のことでしょうか』


 ふふっと笑い『そうよ』と答え窓際からベッドへと移動したスピナは座り、足を組む。それからベリルの顔をスーッとのぞき込み手振りを加え、話し始めた。


『花って、すごいわよねぇ。色や種類で色んな意味を持つじゃない?』


『はい、存じています。私もあれからたくさんの花に触れ、本を読みましたので』


 へぇ~と半眼になるスピナはベリルの頬へ顔を向け添い寝するように横たわる。そして耳元でゆっくりと、静かに囁いた。


『その中でもあの日、私がお前に言おうとした花言葉。なんだと思う?』


 その手がベリルを大切そうにまた可愛がるように優しく顔を撫でると頬に軽くキスをする。


 仰向けのままで休むベリルには彼女の表情は見えないがひしひしと、感じるもの。

(お姉様の手が冷たい。それに……魔力を使っている気がする)


『その意味、“孤独”な心は皆が持っ――』

『ちがう、ちがーう。私が言いたかった怖い意味はねぇ……【嫉妬】のことよ。あと』


――いつも幸せそうなお前の顔を歪め【絶望】へと陥れること。


『そんな……』

『あぁ、そういえば』


 ベリルの言葉はスピナの声に、遮られる。


『お姉さ――』

『まだお祝いを言ってなかったわねぇ? ベルメルシア家当主さん。優しく聡明で、屋敷だけでなく街の皆にも敬愛される、とても素敵で美しいベリル様ぁ。この度は母子ともに“健康”……』


 “チクッ”


『だったかどうかは、分からないけれど? ご出産おめでと……べ~り~る』


『――ッ!』

(一瞬痛みが。意識……遠く……こ、れは?!)



『そして……』



――さようなら。


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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。ラルミは、ジャニスティと同様に、ベリル、そしてベルメルシア家から信頼される存在だということがとても伝わってきました。ラルミの人柄は、たしかにそうですよね。 一方で、ス…
にじり寄るような恐ろしい場面でした……(-_-;)
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