396.雅量
ジャニスティの言葉は確かに彼女の耳へ、届いていた。
しかし何かを思っている様子も微かに動き見せることもなく、ベリルは右手を本の上に添えたまま頁をゆっくり……狂わぬ調子でゆっくりと、めくり続ける。
(唐突過ぎただろうか……)
この日も茶会の準備を含め過密な日程となっていた彼は早朝の業務開始も近付く中、心の奥では多少焦る気持ちがあったのだろう。本来ならば質問する際に言うべき前置きを飛ばし話をし始めてしまったのだ。そんな自分の浅はかな行動に後悔を感じていた。
だがしばらくして彼女はその美しい二重瞼をうっすらと開き、呟く。
『……どのようなお花を?』
目を瞑ったままだった彼は聞こえてきた声に微動し目を覚ますように視界を開く。その輝く天色の瞳が映したのはベルメルシア家を護り続ける“その者”が放つ特殊な可視光線と、見据えた表情で目を細め微笑んでいる姿。
そしてそれは不思議な感覚だった。
ベリルと目が合うと、どうしてもアメジストの姿が浮かび頭から離れなくなるのである。
(髪や瞳の色、声質も全く違うのだが……雰囲気だろうか? やはりとても似ている。一緒に過ごし成長を見ていなくとも、お二人が“母娘”であることに勝るものはないのだな)
『ふふ』
「あ……あの、申し訳ありません」
『ふふ……いいえ、謝らないで』
思わずぼーっと見つめアメジストの母である彼女を観察してしまったジャニスティは我に返り「大変失礼いたしました」と改めて、姿勢を正す。
「ベリル様。これから私がお話する内容について、どうかお気を悪くされませぬよう……ご理解いただきたく存じます」
『起こる全ての事象を受け入れる事。ベルメルシアという由緒ある家に生まれ、特別な力を担う家柄と意識してからずっと、その覚悟を持ち過ごしてきました。私はジャニスティさんの真の言葉であれば、どのような話でも構いません』
「……」
(強い意志に反し、ベリル様の“気”はあまりにもおっとりなされている)
『だから、大丈夫ですのよ。ご心配なさらずに、お話しください』
その言葉で彼の中にあった不安は消えた。
そこからはまるで別人、いつものような冷静沈着さでベルメルシア家に従事する者としての顔に戻った彼は、口を切った。
「実は、私が調査しているのは、マリーゴールドの花についてです」
『まぁ……それは私が、とても好きなお花ですわ』
その瞬間――ベリルの手によってゆっくりと頁をめくられていた本は、動きを止める。




