391.解氷
「私はこのまま此処にいても良いのだろうか……アメジスト御嬢様のお傍に仕え続けて良いのだろうか……と」
『そう、“サンヴァル種族の青年”さん。ではこの書庫で、見えるはずのない扉を見つけることができる者、そして中へと入ることができる者がどのような存在なのか。それはご存知かしら?』
彼はその質問に「はい」と小さな声で頷くと昨夜の会合でオニキスが『嬉しい知らせ』だと説明してくれた話を、思い返す。
“ふわぁ~……”
するとまた風のないはずであるこの場所でジャニスティは、頬を撫でるような優しい空気の流れを感じる。
『それがあなたの悩みを解決する、“答え”ではないかしら』
多く語らずしかし優しく子を諭す母のような愛情と温もりはそれを経験したことのない彼にとって初めての、感覚だった。そして心身全ての重圧と不安を拭い去るような穏やかな声色と言葉はジャニスティの心奥で消えずに残る結氷を静かに、解かし始める。
「……答え、ですか」
『そうです。賢いあなたならもうお分かりでしょう? あなたの周りは光で溢れている。そうして、あなたの周りにはすでに多くの者たちの思いとたくさんの愛が層を成し、強く守られ包まれている。ほら、もう憂慮することなどない』
その『姿なき声』に力を感じなかったと言えば、嘘になる。しかしジャニスティはその“魔力”に、覚えがあった。
(癒しの力か……私と同じ魔力。いや違うな……当然のことだが、私など足元にも及ばない程の、愛心の力だ)
しばらく沈黙の一時が過ぎた後。真実を知りたいと意を決した彼は『姿なき声』へ、質問をした。
「失礼を承知の上、貴方様へ伺いたく存じます」
『うふふ。そんなに、かしこまらないで。遠慮なくどうぞ』
「ありがとうございます」
フッと流れた緊張感に気を引き締めながらも「ではお聞きします」と言ったジャニスティはその繋がりを途切れさせぬよう改めて感覚を研ぎ澄まし、核心にそっと触れる。
「どうか貴方様のお名前を、お聞かせ願えますでしょうか」
『えぇ、そうね。そうだったわね』
“キィーン……”
「くっ――!?」
(なんだ、この音! やはり聞いてはいけなかったのだろうか)
一番に確認したいことだった。
しかしその質問を投げかけた瞬間、耳に響いた高音と声を皮切りに彼の閉じているはずの瞼は開けている時と同じくらいの光量を感じ浴びせられる。その瞼越しに当たる光があまりに強くその眩しさにジャニスティの眉は一瞬、しかめる。




