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390.初対


「私は十年前に、現ベルメルシア家当主オニキス様より、あの終幕村から助け出していただいた者です」


 彼はおもむろに『姿なき声』にそう告げると再度、目を瞑る。そしてかつて死を待つばかりだった頃の自分の姿を思い浮かべた。


――自身が創り出す、追憶の世界。


 忘れようとしても未だ忘れられない昔の記憶をまるで頭の中にある真っ白な銀幕に、投影するかのように。


 するとその記憶映像に同調するかのように聴こえてきた“音”は脳内で“声”へと変換され響き、言語となった。


『……はじめまして』


(聴こえる。なんとなく、言葉として)

 耳の奥で感じるその安心感にジャニスティは、包まれてゆく。


「お応え下さり、恐悦至極に存じます」


『やっと、お話出来る時がきましたね……』


 ジャニスティはまだ声の主が((ベリル))なのか? その確信が持てずにいる。しかしその“聴こえてくる声”からは穏やかな気配しか感じずに今思う御礼の気持ちを正直に、述べた。


「ありがとうございます……お話させていただくのは初めて、ですね?」


『えぇ…………いつも娘を護ってくれて、感謝しています』


(“娘”……今、そう聴こえた)

――やはり、この声はあの御方。


『この場所を感じ視ることができ、入室できた者――“サンヴァル種族の青年”さん。あなたの心がずっと抱えている心緒を、私はいつも感じていました』


 その言葉にジャニスティは不思議と驚かなかった。


 自分の種族、過去への思い、此処に来てから徐々に変化していった心境。その全てを知っていて見守られていたのではないかとすんなり受け入れ理解した彼の瞳は閉じられたまま、その“声”に耳を傾け続ける。


『その辛く苦しい過去がいつか消え去り、新たな今を未来へ繋げることが出来るように……あなたに幸せな日々が訪れることを、いつも祈っています』


「しかしそのような資格、私には」


『なぜ、そう思うのでしょう?』


 ふんわりと問う声は彼を柔らな心地にさせる。


「一度は自分の人生を諦めあの“終幕村”で死を待つばかりの荒んだ過去……それが十年程前までの自分です。そのような自分が、果たしてこのような場所に――名家へ勤めることに私が本当に相応しい者なのかどうか……」


 ジャニスティの過ごしてきた年月を考えれば仕方のないことだった。だからこそ、その考えを払拭するためにもベルメルシア家へ、そして当主オニキスへ忠誠を誓い日々、誠心誠意務め尽力している。


 それでも彼の心には不安が、絶えないのだ。


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