387.靴音
その後、真っ直ぐに続く“通路”を彼は焦ることなく確実に奥へと進む。そして今自分が見ているものと同じ景色をアメジストも見たのか、それとも違った何かを見たのだろうかと独り、思案していた。
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ジャニスティの事が気がかりで居ても立っても居られなくなったアメジストが約束を破り、彼の部屋を訪れた日。その後、自室へ急ぎ戻らなければならない彼女はスピナに会わぬようにとこの隠し扉を通った。その際、彼が伝えた注意事項は三つ。
一つ目。
歩き始めたら絶対に後ろを振り返らない。
二つ目。
気を引き締めしっかり進行方向へと意識を向ける。
そして三つ目。
『もし何か声のような音が聞こえたとしても、絶対に答えず、話さずに進み続ける事。これは特に厳守して下さい』
それは万が一の事態に備えた危険回避(魔力に対する一般的な)方法に加え彼が『大切なお嬢様』の傍にいられない場合も彼女を護るためにとの一心で考え抜いた内容も、含む。
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コツーン、コツーン。
静寂の中で響き渡るのは歩く度に聞こえる自身の靴音だけ。それは次第に自分以外の――別の者がいるような感覚に聞こえ始める。
「あの日、お嬢様は何事もなく……」
彼の口からふと心の声が、漏れた。
と、同時にアメジストの稀に見る表情を思い出す。
(あぁ、そうだったな。扉へ足を踏み入れる前、お嬢様の新たな一面を見れた気がしたんだ)
あまりに詳細なジャニスティの注意事項にアメジストは少し不安気な顔で、別の心配をしていた。それは彼の言う内容から背筋の凍る話かと勘違いしてしまい『この世の者ではない姿や声』が聴こえたり、扉の中に何者かが潜んでいるのかと疑問を投げかけたのだ。
(ご心配なさるお姿も……どんな貴女様も、何より大切だと感じている)
ここ数日の濃い出来事を思い返しながら一歩ずつ、ゆっくりしっかりと足を前に出し歩く。その度、心に留めておかなければならない本当の気持ちを、想う。
「はは……恐れながら、あの時は迷いなくアメジスト様を抱き締めていたな」
――愛おしいと。想うだけなら許されるだろうか。
怖がるアメジストを安心させるため彼は『それは例えです』と笑顔を向けた。だがこの時ジャニスティは知らず知らずのうちに大事な言葉を彼女へ、伝えている。
――それはこの書庫に隠されていた、扉の意味について。
『ベルメルシア家を受け継ぐ者にしか感じ取る事の出来ないものがあるのでは』という可能性を無意識に察知し、推測していたのだ。




