380.現実
「……」
(正しき心を持つ味方と、邪な心で近付く悪しき者)
――この世界は、良き者だけじゃないって、解っている。
俯き加減でアメジストはラルミの発した小さな声と言葉の意味を頭の中で繰り返しながら考え、思い悩む。
様々な種族がいるこの世界では時に相手の捉え方によっては“正”にも“邪”にもなり得る。その原因の多くは種族間の言葉や文化の違いにあり誤解から軋轢が生じることが、挙げられる。
そのことを理解するアメジストはどんな状況下でも困っている者がいれば誰であろうと助けになりたいと心に決め、種族関係なしに皆が仲良しでいられる世界を実現したいと常に願っている。そして彼女自身いつか自分が『懸け橋になれれば』と、思っていた。
しかし現実――綺麗事では済まされない瞬間が、この世には数えきれない程に存在する。それでもどんなに悪事に手を染める者がいたとしてもその命の根底、その心すべてが染まったりは絶対にしないはずだとアメジストはそう、信じたかったのだ。
「私はお嬢様の“信じる心”と慈悲深さを、重々承知しております。しかし、だからこそ、これまで以上に“相手を疑う”ことも学んでいただきたいのです」
「疑うこと?」
悲しそうな表情で見つめる桃紫色の宝石が少し曇り、光る。
「そうです、アメジスト様。これは貴女自身を、護るために」
伝える彼女もまた辛い思いを隠しきれずに一瞬、顔を歪めた。
「そう……よね」
(たとえ信じていても、信じられないような事を起こす者はいる)
これも何か、意味あっての運命なのか?
以前のアメジストであればそれでも生きる者すべての本心を信じたいと思い、意見を言ったかもしれない。だが今はあの事件――『レヴシャルメ種族の屋敷が襲われた』という残虐な現実に触れさらに、一族の生き残りであろうクォーツとの出会いが彼女の考えに大きく影響し、変化が生まれていた。
「ありがとう。肝に銘じます」
「いえ、私はお嬢様をお護りしたい。その一心でございます」
スピナの圧に怯え弱々しい口調や態度だったこれまでのラルミからは想像もつかないような強い声色で話す彼女は、アメジストへ「無礼な発言をどうかお許しください」と深く頭を下げる。
(ベリル様の身に起こった事を繰り返してはいけない。アメジスト様を失うことだけは、絶対にあってはならないのだから)
そう胸の内は、明かさないままに。
◇
その頃――。
未明に屋敷へ帰ったジャニスティは、書庫に籠っていた。




