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355.凝望


「香り、そしてオレンジ色をしていたという花の種類ですが。何の花だったかを覚えていらっしゃいませんか?」


「ん、種類……か」


 オニキスは再びゆっくり目を瞑りあの夜に起こった光景を思い起こす。自身の過去の記憶を探りながら意識を身体の中央へと、集中していった。


 すると――。


 “ふわっ”

(そう。あの感覚、空気……そして)



 薄目に開く瞼の奥には淡黒を帯びた茶色の瞳がきらりと、光る。それはまるで記憶の映像を目の前へ映し出すかようにオニキスは此処、最地下の部屋で何もない奥の方――暗闇の中を凝望(ぎょうぼう)する。


 それから彼の頭の中ではっきりとその香りの正体が美しい姿を、現した。


「……そう、あれは風が頬を撫でるような感覚だ。その後なぜかスーッと落ち着く爽やかな気分になり、気付けばほのかな甘い香りが私を勇気づけてくれているようでね。冷静になれた」


 記憶を呼び覚まし当時の状況を話すオニキスの言葉。もちろん彼は魔力を感じたり使ったりすることは昔も今も、出来ない。それでも人族の中では様々に優れた能力を持った“強い力”を発揮することの出来る、偉才な人物なのだ。


(爽やか? しかし甘い香り。それで冷静さを……)

 そこに何か思うことがあったのか。

 ジャニスティは無意識に少しだけ首を傾げ当主の様子を静かに、窺う。


 その視線に気付く様子のないオニキスはまたゆっくりと、言葉を続けた。



「種類、だったな。あれは……あの花はたしか――“マリーゴールド”」


 その時に感じた癒しと安らぎを思い出したのか? 彼は柔らかく微笑し、そう記憶していると呟く。


「ほぉ。旦那様が見た花とは、マリーゴールドでしたか」


 ふと声を発したのはエデである。その言葉にオニキスは笑顔で「思い出した」と、答えた。


「ふむ。とても力強く、輝くように明るい花で見る者へ元気を与えてくれる。たしかにそうですな。――しかし、香り……とは……」


 語尾は小さく少し含みのある言い方でエデはそのまま、口を噤む。


「……旦那様」

「あぁ、ジャニス。君の聞きたかった答えだったかい?」


 そう微笑むオニキスの表情や雰囲気はいつもの彼に、戻っている。


「はい、ありがとうございます。ただ一つ、もう一度だけ確認を。その花はオレンジ色。本当に間違いなかったでしょうか」


「ん? そうだな、始め自信がなかったが、今は間違いないと言えるほど私の記憶は鮮明だ」


(オレンジ色のマリーゴールド……)

――まさか、そのようなことが。


 彼は一驚していた。


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