346.本性
「エデ……」
――『大丈夫だ、必ず上手くいく。だからジャニー、自分を信じて思う通りにやりなさい』
エデの柔らかなその微笑みから思い起こすのはあの夜、美しい漆黒の翼を羽ばたかせ勇気づけてくれた時の言葉、偉大な姿だ。
(貴方はいつも厳しく指導し、そして優しく……私の成長を見守ってくれる)
彼がいるだけでジャニスティは安心できる。それは自分の師を敬う気持ちを持っているだけでなく心の奥では無意識に父のようにも思い、慕っているからだ。
(しかし、いつまでも頼っていてはいけない)
そんなエデの笑みに応えるようジャニスティも一瞬だけ、微笑する。そして天色の輝きに深みを増した綺麗な瞳に、力を込めた。
「オニキス、私もベルメルシア家をとても大切に思っている……その上で、裏中庭で見聞きした事実を、そのままお伝えします。スピナ様の隠してきた、本性だと思われる話です」
ジャニスティは話し出せなかった――密会現場でスピナがカオメドへと漏らしていた密事について、語り始める。
◆
十六年前の二月。
ふわふわとした雪が月の光りにキラキラと輝く美しい夜にアメジストは生まれ、母子ともに健康であると皆が歓び幸せに満ち溢れていた。
それから、数時間後。
疲労から身体を休めていたベリルの寝室には彼女と、出産の祝いで部屋に来ていたスピナの二人だけ。亡くなったとされる時間の最後まで側にいたスピナは枕元でずっと彼女が息を引き取るのを、見ていたのだ。
その後、動揺するふりをし大泣きしながら部屋を飛び出したというスピナは――「皆に向かって芝居をしたものよ」と、カオメドに話した。
さらに彼女は身を隠し聞いていたジャニスティが耳を疑う言葉を、発している。それは「嘘泣き顔と涙、哀しみの言葉で十分に説得力はあった」と。
その理由としてベリルから“スピナお姉様”と慕われていた彼女は以前からベルメルシア家の屋敷によく出入りしており、そんな自分は怪しまれることはなかったという。
裏中庭に響き渡ったスピナの高笑う、悍ましい声。
部外者であるカオメドへ次々と内情を漏洩させていく裏切りの言葉の数々は、まるで当時その場にいたベルメルシア家の者たちを嘲笑するかのようであった。
◆
「そして、それは……」
ここまで淡々と説明をするように話し続けてきたジャニスティが突然言葉に詰まった、数十秒間。それは彼が冷静さを欠いてしまい激昂しそうな感情をなんとかしようと、押し殺している時間なのだ。




