339.端緒
それに加え当時、オニキス自身の心理状態や判断能力がまともではなかったところに付け込まれスピナに囁かれた――『ベリルは自身の治癒魔法により今は仮死状態だ』という話と、ベリルが“永い眠り”についてゆく直前に『赤子の世話を頼まれた』との言葉。
それを信じたのだ。
その後スピナはベルメルシア家の“奥様”として、またアメジストの継母として権威を振るい屋敷では脅威の存在へと、変化する。
◆
今夜の会合内容はあまりにも深くベルメルシア家の内情が多く話されるだろうと予測された為エデは会合場所の移動を、提案。
向かった先はジャニスティが見た“屋敷の書庫にある隠し扉”と同じ空気感だというあの通路内と、とても似ていた。
酒場の最地下であるこの場所だがエデの許可がなければ入れないように鍵魔法がかけられさらに念の為、透過魔法も部屋全体に施されている。
当然、様々な種族の集まる酒場の客は誰一人として知らない部屋だ。
「魔力の無い私でも、きっと出来る事はあったはずなのだが」
目の前に差し伸べられた手に頼ってしまった自分は本当に馬鹿であったと悲しそうな声で、自責の念に堪えないとの思いを口にする。
それでも感情的にならぬよう淡々とあの瞬間に起こった状況を事細かに語っていったオニキスは最後に力強い眼光を取り戻し「今もなおベリルだけを愛している」という想いを、表した。
「旦那様」
「いや、ジャニー。今はオニキスと言ってくれるかい」
オニキスはこの時、力がない以前に精神の弱さで失敗した話をしているのだという思いから自分は当主としてではなく一人の人族として、ジャニスティと向き合いたいのだと話す。
「分かりました。では、オニキス。いくつか、聞いてもよろしいですか?」
「もちろんだ」
一度軽く深呼吸をした彼は意を決し、質問を始めた。
「まず先程、私に言った言葉。隠し扉の中を通り抜けたことに対し『嬉しい知らせ』とは、一体……」
「あぁ、そうだな。ジャニーも気付いているのではないか? あの隠し扉はベルメルシア家の“者”にしか見つけられないと言われているんだ。ベリルと愛を誓う私はもちろんだが……通常は扉へ触ることすら拒絶を受け、認められた者以外の侵入は決して許されない」
「そんな! しかし、私は確かに中へ……」
自身の口を拳で抑え彼はハッとする。
オニキスの一言一言は優しい声で、音色のように耳元へ残りそれは丁寧で、じっくりと。
ジャニスティの心奥へ、伝わるように。




