337.利発
「申し訳ありません。ベルメルシア家の者でもない私が独断で――」
再度謝罪を口にしたジャニスティの声は少しだけ、震える。しかし目を合わせた当主オニキスや奥で作業をしながら静かに見守っているエデも、その穏やかな雰囲気を崩すことはない。
それから優しくオニキスは、話し始める。
「ジャニー、君がベルメルシア家へ来てからの十年間。毎日、毎夜、時間の許される限り。書庫で勉強をしていたのを私は知っている」
その言葉が何を意味するのかと戸惑いつつもジャニスティは、応える。
「あ……いえ、毎日とまでは。それに本の内容すべてを理解出来ているわけではないですし、読み終えたわけでもありません」
「いや、はは! さすがの私も全ての書物に目を通しているわけではない。今はそのことを言っているのではないのだよ」
「と、言いますと……」
「エデも私も。熱心に向き合う君のひたむきさに、いつも感心している。恐らく私よりも、あの書庫で眠る書物たちの心……伝えようとしている想いや願いの数々を、知っているのではないかな」
「――?」
(とても、不思議な言い回しをする)
彼はオニキスの真意が読めずに何を考えているのかが見当もつかないと、動揺は増すばかり。
「十年前、君に会いに行く前。『ジャニーはとても頭が切れる』との話を私は聞いていたが、その通りだったと思っている。だが“終幕村”で声をかけた時の君は、相当に荒んだ状態だったろう? それがまさかここまでの成長を遂げるとは、思いもしなかったさ」
オニキスは「頭の下がる思いだ」と、微笑する。
(怒って……いない?)
そう心の中で呟き「身に余るお言葉です」と恐縮しながら心に抱えるのは、一抹の不安だ。
今なぜそのような話をしてくれるのかと神妙な面持ちで次の言葉を待っているとオニキスはゆっくり、話を続ける。
「私はね、ジャニス。今日まで、君の事を信じてきた」
「……はい」
(やはり、怒りに触れていたか)
業務終了後に息つく時、離れである自室にいたとしても。
ジャニスティの心はふとした瞬間、孤独を感じてしまう。そんな彼にとってたくさんの本に囲まれる清閑な書庫の空間はいつしか拠り所のようになっていた。
ある日見つけた隠し扉もまた、悪い気は感じない。むしろその扉は窓から射し込む光を受け温かな波動を放つように、彼の瞳には映っていた。
それでも。
彼の身体に長年染み付く“警戒心”によりそこに危険がないかを一人で、調査していたのである。




