336.部屋
様々な種族たちが賑わい酒を酌み交わしていた場所からしばらく進み皆の弾む声も、聞こえなくなった頃――。
「さぁ、こちらへ」
エデの威厳と落ち着きのある声がさらに地下へと続く階段に美しく、澄んだ空気のように響いた。
カチャリ……キィィィ~。
「この部屋を使用するのも、いつぶりか。綺麗に管理してくれているな……エデ、君には感謝してもしきれない」
ありがとうと感謝を伝え部屋へと入って行くオニキスはこれまでで一番、穏やかな表情を見せる。全身の力を抜き安心感に包まれて、何も気にせずにいられる場所――そんな顔だ。
「いえいえ、そのようなこと。ベルさんがいつまた此処へ戻って来られても良いようにと、この部屋を美しく保ってくれているのは私ではなく、マリー達ですぞ」
「そうか……本当に有難いことだ。マリーは元気にしているか?」
「えぇ、それはもう。毎日楽しそうに店に並ぶ商品を、愛でております」
「愛でる、か。確かにマリーならば全てを慈しむだろう。しかしまたエデは、素敵な表現をするものだな」
和気あいあいとした雰囲気と会話が流れる中でふとエデの視界に入ったのは呆然と立ち尽くす、彼の姿。
「おや? どうしました、坊ちゃま」
「ん? どうしたジャニー。遠慮せずに入ってくるといい」
「あ、ぃぇ」
(此処は……この“景色”は、まさか)
ジャニスティは扉が開き室内を見た瞬間から驚き、言葉も出ない。
「うむ……もしやジャニー。君はベルメルシア家の書庫にある『隠し扉』を見つけたのではないかな?」
「――ッ!!」
「やはり、そうか」
「オニキス、いえ旦那様……屋敷での勝手な行動を、お許し下さい」
ジャニスティは書庫への出入り、閲覧許可は得ている。しかし見つけた隠し扉に危険が無いかを確認するためとはいえベルメルシア家当主、オニキスの断りなく中へと入り調査をしていたことを謝罪。
それでも咎められる可能性があった。
「ほぉ~。ではこの地下の部屋が、御屋敷の書庫室にある隠し扉の中と、似ていると。坊ちゃまはそれで今、驚いているのですかな?」
「はい……そうです」
地下酒場の階段をさらに下りもうひとつ地下深くに造られたこの部屋を見たジャニスティが心の中で呟いた、言葉。
――書庫にある隠し扉の奥に続いていた、空間。
彼があえて“景色”との文字を思い浮かべた理由だ。
「なるほど」
エデはそう言い残し部屋の奥へと、向かう。
そして片付けられていた椅子をテーブルの前へと、配置し始めた。




