335.苦悩
「ジャニー、君の言う『なぜ』との問いだが。ベルメルシア家でのスピナの立場についてであろう」
「……はい、その通りです」
(ずっと、旦那様と奥様の関係が不自然だなと気になっていた)
これまでジャニスティは聞いてはならぬ事だと、気にしないよう努めてきた。しかし普段からオニキスとスピナを見ていてその態度に違和感を感じていたのだ。
それに加え継母がアメジストへ厳しい“躾”や必要以上に辛く当たる“指導”という名の虐げに異常性があると思いつつ、ベルメルシア家の者ではない自分が口出しする権利はないと不本意ながら何も言えずに今日まで、過ごしてきた。
――対応に苦慮する心を抱え続けたジャニスティはスピナの事を無意識に敵視し、話の通じる相手ではないと心底思っている。
それでも「ベルメルシア家の奥様だから」と怒りをグッと堪え自身の胸に言い聞かせてきたのはいつも笑顔を絶やさないアメジストの心に、救われてきたからだ。
そして万が一、彼女の身に危険が及ぶことが起こったとしても彼は「アメジスト御嬢様は必ず自分が守る」と心に誓い注意深くスピナを監視、耐えてきた。
様々な感情が交錯する中でオニキスは彼の様子に気付くと「私の失態から始まった」と低めの声で、発する。
「ベルさん、そこまでは――」
「いや、いいのだ。真実を……私が原因である事、そしてどのような思いで、何を考え生きてきたのかを」
そう、夕方にアメジストへ告げたように――。
「オニキス……」
(いつも悠然としている彼が、こんなに苦悩を感じさせるとは)
「エデ、すまんがね。今後のためにも、私はジャニーにベルメルシア家で起こった過去の全てを伝え、知っておいてもらいたいのだよ」
「ベルさん……解りました。人払いを――場所を変えましょう」
「あぁ、そうしてくれると有難い」
ガタ――ガタ、キぃーがたん。
「あ、え!?」
提案したエデにお礼を言った、オニキス。
そんな会話の意味を察せず二人の顔を不思議そうに見つめていたジャニスティであったが急に動き出した彼らの早さに慌てて自分も椅子から、立ち上がる。
カタン、トントン――コツ、コツ、コツ……。
(一体、どこへ? 十年の間、私はこの角部屋でしか飲んだ事がない)
ガチャリ……キィ~カン、カン、カン、カン……。
「か、階段?」
(まさか、この酒場にはまだ地下空間が続いているのか!?)
小さな声で呟くジャニスティはあまりの緊迫感に黙って後ろをついていくしかなかった。




