323.論点
「おや? そういえばジャニー、今日は飲まないのかい?」
此処に来た日は必ず彼が注文する好きな酒を勧めたエデは立ち上がろうとテーブルに手を置く。その動作に気付いたジャニスティは慌てて、止めに入った。
「あぁーエデッ! いいんだ、ありがたいが今日は……」
「ん? そうかね」
「ほぉ、珍しいな」
エデの言葉に続いてオニキスも不思議そうに彼を見つめる。するとその十数秒後には察しの良い二人は「なるほど」と言いその真意を、悟る。
「そうですか、そうでしたか。はは、坊ちゃまもしっかりなさいましたな」
「うむ、そうかそうか。はっはは」
「な、何、私は何も……」
この時、彼の中には可愛い妹クォーツと大切な人の笑顔がふわりと、浮かぶ。その光景が彼に「今日は酒を飲むべきではない」と、思わせる。
そしてその想いが言葉にせずともエデとオニキスへ、伝わっていた。
「その意識は、素晴らしいことですぞ、坊ちゃま」
「あぁ、そうだな。時に必要な判断だ」
「……いや、ただその、今日はあまり飲みたい気分ではなく――」
ジャニスティは普段見せない赤らめた顔で両手を握ると肘をつき、多くなりそうな口数を抑える。それはまるで図星を指された若者が気恥ずかしさを、隠すように。
「すっかり“兄さん”……ですな」
「あぁ、違いない」
「いぇ……ですから、その」
この一瞬三人の顔に笑みが、溢れる。何気ない会話ひとつで場は一気に、和やかになっていた。
「さて、冗談はこのぐらいにして」
「フフ、そうだな。いや、しかしな……ジャニー。今日一日を通して、私の感じた話を聞いてくれるかい?」
「はい、旦那様。もちろんです」
ジャニスティが落ち着いた頃、やんわりと話を戻し始めたオニキスはそれから一息と言わんばかりに目を瞑り、少し丸みのあるロックグラスに指を触れる。すると残る酒に溺れた氷が――“カラン”と音を立てた。
それを合図の様に溜息交じりな声で、口を切る。
「まったく……不思議な奴なのだ、あのカオメド=オグディアという男は。まるでいくつも仮面をつけているように変わる顔つきと性格。そして連動しているかのような表情や声の変化。そのコロコロと“色”が変わる雰囲気はまさに、あのカメレオンそっくりだよ」
「読めない……危険ということでしょうか?」
「あぁ、間違いなく。これまでに会ったことのない種族なのか……加えて信じられない事がある」
そう言いグラスの酒を一気に飲み干したオニキスは小さな声で、呟く。




