322.忠義
ベルメルシア家の御嬢様、専属お世話役として。
またそれ以外の仕事案件も含めジャニスティは幾度となくオニキスと話をしてきた。それは単なる意見交換だけではなく時には衝突することも。
ある意味、信頼関係が築けているのだ。
それが今回の話になりスピナとカオメドの関係について真実を打ち明けなければならないと思った瞬間なぜか最初の一言が、出てこない。
(なんだろう……何から話せば、どう言えば正解なのだろうか?)
その困惑する理由を彼自身、理解出来ずにいた。それでも必死に頭の中で答えを考え努めるのは普段通り我が当主へ報告しなければという、忠義な心からくるものである。そのため「何とかして話す内容を上手く組み立てなければ」と彼はますます、焦っていく。
「ジャニー? どうした」
「えっ! えぇ、はい……」
考え込んでいると心配するオニキスから声をかけられハッと、我に返る。
(そもそも奥様がほくそ笑み怪しげな顔で言っていた『婚姻関係がない』との話も、本当のことなのか?)
敬意の念を抱く当主オニキスに関する事柄は今のジャニスティにはあまりに重く、そしてとても繊細な問題だ。ありのままを話せばいいと解っていながらも彼の頭の中は、混乱していた。
(そうだ、仮に結婚していないことが事実だとしても、表向き“ベルメルシア家の奥様”として振る舞い、周囲には隠された話なのだ)
ベルメルシア家の屋敷内ではスピナの存在が“脅威”という名の力を、蔓延らせている。植え付けられた恐怖心によりお手伝いたちは皆、怯えながら従ってきた。
これだけでもすでに常軌を逸している冷たい奥様――スピナの噂に重ねて、あの衝撃的な秘密がもし良くない形で外部へと漏れてしまえばベルメルシア家を貶めてしまうきっかけにも、なり得る。
極めて危険な情報だとジャニスティは、感じていた。
「……申し訳ありません、旦那様。もう少し考えをまとめて発言します」
(私はもっと慎重に言葉を選び、話さなくてはいけない)
自分の見聞きしたことをこの場で包み隠さず全て話すべきだが、しかし。相反する気持ちがジャニスティの中で矛盾を生み戦い、その胸は締めつけられるように苦しくなる。
「いや、悩ませてすまない。ジャニー」
「決して! 悩んでなど……」
「そうか? はは、ありがとう」
「いえ、その……」
様子のおかしいジャニスティを気にかけつつオニキスはエデへ目を合わせ、困り顔。
それに微笑んだエデはゆっくりと、話し始めた。




