312.毅然
アメジストは足に抱きつく幸せそうな表情のクォーツに微笑みかけると優しく、しっかりと手を繋ぐ。
(ジャニスの力がなければきっと。今、目の前にある素晴らしい奇跡には、出逢えなかった)
そう思い溢れ出す記憶から視えてきた時間は大雨の夜に、ジャニスティと『命の大切さ』について真剣に言い合った、あの光景であった。
思えば自分はあまりにも後先考えない言動を取って困らせただろうなと彼女は改めて、反省をする。
しかしそれでも、瀕死の状態であった“この子”を『救助』すると選択したことについて全く、後悔はなかった。それは今後も困っている者がいれば助けたいとの揺るがない思いが彼女の心奥には、あるからだ。
――『命に代えても貴女様の事は必ず、このジャニスがお護りいたします』
そして雨音に負けぬ心強い彼の言葉が今もまだ鮮明に彼女の頭の中で、響く。
「ジャニス、いつも本当にありがとう」
「いえ、私は何も……」
そう返事をした彼はすくっと立ち上がりまた深いお辞儀といつもの“言葉”をアメジストへと、送る。
「今夜も、お嬢様が心落ち着く時間を過ごされますようお祈りいたします」
ポぅー……キラッ――――。
(あ、また……これは? まぁるくて小さな光が一瞬見えた気がする)
アメジストはこれまで感じることのなかった彼の力に気付く。それは自身の魔力開化によって初めて感じることが出来た、“ジャニスの魔法”――美しい花が咲くように、それらを優しく揺らすそよ風のような淡い光だった。
「……キレイ」
アメジストは唇を微かに動かし、聞こえない声を発する。
(ジャニスは私が安心して夜を過ごせるようにいつも、こうして“おまじない”をかけてくれていたのかしら?)
そう考えると心が躍り嬉しくなった彼女は頬を桃色に染める。
しかしこの日、彼は優しい雰囲気とは裏腹にいつもより警戒し、慎重であった。その理由は一時間もすればオニキスと会合へ向かう予定であったからだ。
多い月は数度、エデの酒場へと出かけることもあるジャニスティは外出する際にもベルメルシア家を警護できるよう屋敷全体に防衛魔法を、施す。
ただ今夜いつもと違うのは、人族として過ごすのにまだ不慣れなクォーツがいること。彼はベルメルシア家に来て間もないクォーツを置いて行くことが気がかりであり、そしていつも以上にアメジストの事も心配で仕方がなかったのだ。
そこで彼はアメジストにだけある“特別な魔法”をかけ、護ることにした。




