311.暮夜
「嬉しいのは分かるが……夜は声を小さくしないとな、クォーツ。それから今夜は、お嬢様の言うことをよく聞いて、部屋から絶対に出ないこと。勝手な行動はしないこと」
「んんッ!」(ハイッ!)
クォーツへ厳しく注意し伝えるジャニスティだが表情は笑みを浮かべるように優しく、少しだけ困り顔。その見つめる天色の瞳は妹を愛おしく思う感情が、溢れ出ていた。そんな優しい兄から唇を抑えられ口を閉じているクォーツはニコニコと頬を染め、とても嬉しそうに頷く。
「ん、よーし良い子だ。それから――」
ふわぁ……“ギューッ”。
「んっきゅはぁう、お兄様ぁ?」
そっと唇から指を離したジャニスティはクォーツを優しく抱き締めると「もう一つ」と、話し始める。
――『どんなに嬉しくても、気持ちが楽しくなっても。絶対に、君の持つその背中に輝く、純白の美しい翼を羽ばたかせてはいけない』
そう、クォーツにだけ聞こえるよう耳元で囁く。
それは心の奥深くへと沁み入る声で、語りかけるように。
それからまた顔を合わせ、尋ねる。
「意味は解ったかな? クォーツ」
再度その瞳を真っ直ぐに見つめるとクォーツは、コクッ!!
「はは、そうか。お約束だ」
「ぁい! 大切で、おやくそくなのです!!」
兄からの“強い思い”に応えようとクォーツは両手をグッと握り、むんッ! と思いきり頷く。そんな妹から伝わってくる懸命な気持ちに彼は笑顔になり自然と髪をなでなで、頭ヨシヨシ。
そしてふわモチ頬から手を離し、スッと立ち上がったジャニスティはアメジストの前へ立つと右手を自身の胸へと当て、彼女に頭を下げた。
「えっと……ジャニス?」
二人の会話は所々しか聞こえていない彼女は不思議そうに、そして少しだけ不安気な表情でジャニスティの名を呼んだ。その憂わしい様子に気付いた彼はいつもの笑顔でアメジストの気持ちへと、応える。
「クォーツの事、ご了承いただきありがとうございます、お嬢様」
「そんなことは」
ぱふっ! ギュッ!!
「おねぇさまぁ! 今日はずーっと一緒ですのねぇ」
「んぁ! そうね、ありがとう」
嬉しさで思いきり抱きついてきた無邪気な妹に癒された彼女は自然と微笑み、心の中の不安はスーッと消えてゆく。
「アメジスト様、ご安心ください。私の不在時も、変わらず貴女様の事はお護りします。『この命を懸けても』――」
(ジャニスがいつも言ってくれる言葉。あの夜も、そうだった……)
彼女はこの時、心の中で温かな想いを感じていた。




