308.義妹
「まぁ……私の勝手な思い過ごしかもしれないが」
しかしほんの少しの時間で彼女の心を理解できるはずもないと、再思する。
颯爽とその場を去り遠ざかるノワの後ろ姿をジャニスティは眉を下げ、困り顔で見つめる。それは味わったことのない感情……嬉しいような悲しいような、得も言われぬ気分なのだ。
一瞬表情を曇らせ、呟く。
「本当の家族……か」
マリーの店を訪れた際にエデの言った、言葉。
――『“ジャニスティ”として生まれ変わった君の。真の“父と母”になりたいものだが』と、迎え入れたいとの思いを聞いたこと。
そしてノワから告げられ受けた、衝撃。
――『やがて貴方様の義妹になる者』、二人の娘だと知った事実。
(今此処で一人、悩んだところで解決するような単純な問題ではない)
ふぅー……。
重い気持ちを切り替えるように長い深呼吸を、一回。そして胸ポケットにある懐中時計を取り出すと現在の時刻を彼は、確認する。
「少し、のんびりし過ぎたようだ」
(そろそろアメジストお嬢様と、クォーツの元へ戻らなければ)
振り返って足早に食事の部屋へと戻る彼の頭の中には“エデ”と“ノワ”の言葉が繰り返し、響いた。
ガチャリ……キィ――。
「あっ! みぃーッけぇ! お兄様ぁ!!」
たたたぁー……ぽふっ!!
「おぉーっ、クォーツ!? 危ないぞ」
「だってぇ、お兄様……かくれんぼ?」
皆の会話で雰囲気が高まっていた、食事の部屋。
ノワを追い静かに姿を消していた彼に、いち早く気付いていたのはクォーツだ。
「そうか……ん?」
彼に飛びつきその硬い表情をジーっと見つめるクォーツの視線――そして。
「お兄様? ひみつひみつでどっか行かないで」
「あぁ……悪かった。よしっ!」
「んきゃ!? ふゅはぅ~♪」
微笑み、可愛い妹を抱き上げたジャニスティ。
しかしその心穏やかにとはいかず、様々な思いが交錯する。
それはまるで“家族”という存在がどのようなものなのかを、意識するように。
◆
ノワは自身の気配、表情、感情を完璧に操作統制し制御できる。自由自在に自分の心を創ることが可能な彼女が一瞬だけ見せた、少女のような面影。
その微笑みを僅かに残すこともなく、その場を後にした。
――それは本当に、不思議な力である。
そして誰にも明かしていないと思われる、彼女の出生。
いずれ家族(義理の兄妹)となるであろうジャニスティにだけノワが話した、秘密。彼女が唯一心を開くことの出来た時間であり、今が本当の姿なのかもしれない。
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