307.本来
「ジャニスティ様」
「……ん?」
ノワの澄んだ声に名を呼ばれハッと我に返った彼は視線を彼女へと、戻す。
「恐れながら、申し添えます」
「あぁ……問題ないが」
少しだけ戸惑いを見せたジャニスティの表情を気にも留めずノワは真剣な眼差しで、口を開く。
「私の父エデと、母マリー。二人はこの世界で最強であり、また……私の誇るべき両親は――『最高』であるとお伝えしたく」
食事の部屋を出てノワを呼び止めた後、ほんの数分間のやり取り。少ない言葉の中でもジャニスティが彼女と会話した内容は濃く、奥深い。
そして彼は心底、確信した。
柔らかな印象を持ち自信に満ち溢れた今の彼女が間違いなく“本当のノワの姿”なのだろうと。
「そういうことか。あぁそうだな……納得だ。エデとマリー、君は最強で最高の二人の娘に違いない」
ふわっ。
「どうも、ご理解いただきありがとうございます」
聞いている彼の心まで温かく幸せな気持ちになるような、家族愛。
少しだけ笑み上擦るノワの声と口調がジャニスティの瞳にはあどけない少女のようにも見え、感じられる。
右手を口元に軽く当て微笑した彼の心の中からいつの間にかノワに対して抱いていた警戒心と猜疑心は、消え去っていた。
――しかし、それでも。
「まだ、君の行動で理解不可能なことがあるのだが」
再度質問をする彼の声と口調は始めに彼女を呼び止めた時とは打って変わりとても優しく、穏やかだ。
「はい、承知しております」
その言葉にノワは――スッと、目を閉じる。
そして次また目を開けた瞬間に変化し、丸く硝子のような黒い瞳は“感情を持たない人形”へと、戻る。
「ですが、ジャニスティ様。事前にお伝えしました通り」
「あぁ、覚えている」
声をかけてすぐ『では一つだけ』と会話を始めた彼女の言葉は彼の耳にしっかりと、残っていた。
「そうですか」
丁寧なお辞儀をしながら「今はこれ以上、お答えしかねます」と彼女が答えるとその姿に彼は軽く目を閉じ理解していることを表し、頷く。
その瞬間、ノワとジャニスティの間には再び時が止まったかのような張り詰めた空気が漂う。
「そうだな。悪かった」
「いえ、申し訳ありません。何より今此処での、これ以上の質疑応答はお互いに危険を伴います」
いつも通りの冷えた口調で「業務へ戻る」と言うと静かな靴音でまた、歩き出す。
「さすがに核心部分までは話せない、か」
――きっと彼女は大きな何かを、心奥に抱えている。
ジャニスティはそう、思う。




