305.情感
「それにしても、君がエデとマリーの娘とはな。本当に、全く気が付かなかった。今の、今までね」
そう声を発した彼の視界に広がる夜空には彼女の眺めていた月が、耀る。それからすぐ、ノワは正直な感情を自分の言葉で伝え始めた。
「当然です。私は見据える力を持つマリ―と、あのサンヴァル種族の中でも上級魔力を持つとされる“漆黒の翼を持つ者”であるエデという、最強の二人から生命を授かった娘ですから」
「最強か……なるほどね」
眉を下げた彼の瞳に映り込む彼女は胸を張り自慢気に父と母を誇る、生き生きとした表情だ。
――ずいぶん、無邪気な顔をするのだな。
その珍しい姿にジャニスティが驚いたのは、言うまでもない。
高揚感が伝わってくる素直なノワの笑みや濃赤に輝く瞳からは普段“人形”と表現される彼女の、影も形もなかった。
(本当の君はいつも、そんな風に笑っていたいのではないか?)
そしてこの時にジャニスティは、悟った。
何故これまでエデとマリーが彼女の存在を公にせず隠し、育てたのか。
◆
時代は流れ移り変わりゆく中で昔のような状態――いわゆる同じ種族同士で仲が良く、他種族の者とは話も合わないと頭から関わるのを避けていた頃。互いに会話もままならないとその溝は深かったが現在は関係緩和している(それはアメジストの学校で身分差がなくなったという、目に見えて分かる事実もある)。
とはいえまだこの街全体の者が何のわだかまりもなく、お互い分け隔てなく会話をとはいかない。
だからこそエデはオニキスが経営するあの酒場でマスターとして勤め『種族は関係ない』と同じ思いを持つ様々な種族の者たちを、招き入れている(もちろんその酒場は、誰でも入れるというわけではない)。
言葉や姿も多種多様に、たくさん集まって飲み交わす地下空間。
それはジャニスティが初めて足を踏み入れたあの夜、夢の世界だと感じたぐらい驚いた場所だ。そこで今でもエデは他種族間の関係を深める席を設け心から打ち解ける機会の、橋渡しをしている。
◆
幼い頃の彼女は恐らく自分の存在が隠される理由(安全性)を解った上日々過ごす反面、この街での友人がいないことで淋しい孤独時間が存在していたことも事実あるのだろうと彼は、思案していた。
(成長し、問題を理解した上で。君は――)
彼がその考えに至ったのはノワから感じ取った“ある感覚”が理由でありまた、それが彼女の感情を証明しているかのような出来事があったからだ。




