304.陽炎
「それでも私の両親は愛し合い、そして互いを思いやり支え合う。生きることは当たり前ではない、そして一緒に過ごす時間がいつまでも続くわけではないと、日々を大切に生きています」
「君の両親は本当に、素敵だと」
ほんの三ヶ月、暮らした時間――“終幕村”で命の灯火が消えることだけを考え生きていた彼に生きる意味や温もりを教えてくれた、エデとマリー。見ず知らずの自分に本気の厳しさも、本物の優しさも与え指導・教育してくれた二人の事をジャニスティは本心から『素敵だ』と、思っていた。
「ありがとうございます。父も母も、ジャニスティ様からそう言って頂けたと知ればきっと、喜ぶことでしょう。そんな貴方だからこそ両親は…………」
「……ん?」
突然黙りこくったノワへ瞳だけを動かすとジャニスティは首を傾げ、尋ねる。対する彼女は少し首を傾け、ツンと取り澄ました表情をすると「いえ、何も」と何事もない風な言葉を皮切りにまた、話し出した。
「私は。誰よりも生きる苦悩や愛情の心を持つ二人から生まれ、大切に護られてここまで成長できた……世界で一番幸福な娘だと思っています」
「あぁ、そう感じる」
胸の内を声に出したノワは彼の言葉に珍しく動き、手を胸に当てる。その頬や瞳は再度色を帯び優しい力が、漂う。
「ありがとうございます」
今、彼の目に映る彼女の印象がこれまでとは全く違っていた。
ピンッと、張り詰めたいつもの空気は感じられない。逆に触れたくなるような空気感――柔らかくゆらゆらと浮遊する糸がキラキラと陽炎のようにそこに映り、視える。
(今の彼女は、いつも周囲から呼ばれる“心無き人形”と、同じ者とは思えない。落ち着き癒されるような、身体中が心地よい感覚になるようだ)
現実には見えない、幻の光糸。
恐らく彼女から溢れる魔力の一つなのだろうとジャニスティは解釈しその懐かしいような落ち着くような感覚があの、母の様に慕う“マリー”を思わせるのだ。
――根拠はないが、しかし。
(彼女がエデとマリーの娘だという事。そしてサンヴァル種族が多く住む国があるとの話は、本当なのだろう)
ジャニスティは心の中でそう呟きながらゆっくりノワの方へ顔を向けるとそこにはうっすら、彼女の微笑む姿が見える。
(気付けなかった、感じない気配……)
――思えば“無”の魔力と生命力を感じさせない無感情な立ち振る舞いや違和感のようなあの、感覚は。
“エデ”に似通った動作だなと、合点がいった。




