296.敬服
その声が聞こえたわけではない。
しかしふと何かを察したジャニスティは目線を周囲に向けると穏やかに微笑んだオニキスの表情が、見える。
――旦那様の心奥には、どんな思いがあるのか。
(いつ見ても変わらない貴方の余裕ある雰囲気や立ち振る舞いは、男である私から見ても本当に、惚れ惚れするんだ)
彼にとってオニキスの存在は“終幕村”から自分を救い出してくれた人物、というだけではない。普段から余裕のある姿しか見せない彼の強靭な精神力と皆から信頼される人柄、そして何より魔力がなくとも他に良い影響を与えるその能力はいわば先天的な資質だと、羨む程である。
それにジャニスティは、敬服しているのだ。
しかしアメジストが感じた父への思い同様、彼もまたオニキスがノワに対して一言で話を終えた事に対して心残る不思議な違和感を、持つ。
――ん?
その時、オニキスと目が合った。
(気にはなるが、数時間後はエデと三人での会合がある)
そう考えなおすといつもと変わらぬオニキスの表情へ素早く会釈をして応え、それから嬉し楽しそうに舞い上がる妹クォーツの元へと向かい彼は、声をかけた。
「さぁクォーツ、食事だ。そろそろ席へ座ろう」
「ふにゅあ~お兄様ぁ! はぁい」
「あら! クォーツは本当にお利口さん。それに言うことをしっかりと聞いて。ジャニスの事を、本当に心から信頼しているのね」
「……いえ、そうだと良いのですが」
――クォーツが私の事を“信頼している”?
背が高くおしゃれな印象のジャニスティと艶のあるキラサラ天色の長い髪をなびかせる可愛いクォーツは誰が見ても美しく仲睦まじい兄妹であり、見る者たちの心を掴んでいる。
そして容姿も似る、二人。
兄を慕う妹の輝いた瞳に皆、血の繋がりを疑う余地がない。
(信頼されていると……そのような考えを持つことこそ、おこがましい)
だが当の本人であるジャニスティはまだ“家族”という存在を理解しきれず相手を、というよりは自分の本心すら解らない。
「わぁ~い♪ ごはーん!」
「えぇ、嬉しいわね! うふふ」
程なくしてテーブルいっぱい並べられた食事に小さな御嬢様は、喜色満面。
「良かったな」
クォーツの影響力は、大きい。アメジストやお手伝いたちだけでなく先程まで何かを感じ鋭い眼光をしていたジャニスティの動揺をも、忘れさせていく。
(これで良い。兎にも角にもアメジストお嬢様と、そして可愛い妹の幸せな姿を護ることさえ出来れば)
――それだけで十分だ。




