295.元気
元気なさそうに見えたアメジストを心配するクォーツは「きっとお腹が空いている」と思い彼女の手を、引く。
「あぁ、ま、待ってぇ! クォーツってば」
「おっねぇ~さまぁ♪ ごはーんで元気元気なのです~」
繋いだ手はルンルン♪ と、弾むような楽しい声色でテーブルまで連れて行こうと、引っ張る。その小さなお嬢様が一生懸命に頑張る姿が何とも可愛らしく、ポカポカとした雰囲気がまるで春風のようにふんわりと、漂う。
「なんだか、心が軽くなるみたい」
「えぇ、そうよね。クォーツ御嬢様を見ていると楽しくなるわぁ」
「うんうん! 分かる気がするー! 焦りが消えるっていうか」
お手伝いたちの心身はいつも“奥様”であるスピナの眼に怯え窮屈さに、疲れ切っていた。その疲弊しきった心へと自然に流れ込んできた『見えない力』はクォーツ自身無意識に、である。
しかしそれは今後、皆の救いとなり得る力――レヴシャルメ種族の持つ『魔力』なのだ。
「さぁ、クォーツ御嬢様。お席へどうぞ!」
「ふは! えっとえーっと、ラルミルさまぁ? ありがとうですのぉ~」
「あ……クォーツ。この方はラルミルではなくて……」
「いえ! アメジストお嬢様」
「えぇ、でも……」
「ふぅあ? 私……? 何か失敗したですの?」
自分の行動に何か問題があったのかと少し不安な声で首を傾げたクォーツへラルミは片膝を付けしゃがみ目線を合わせると優しく、声をかける。
「いいえ、クォーツ御嬢様。失敗などございません、お気になさらなくて大丈夫。そう! 私の名前を貴女様が呼んで下さって、とても嬉しいとお話していたのです」
多少の言い間違えでも喜ぶ気持ちは変わらない、そう言いたげなラルミはアメジストの方を見つめ素敵な表情ではにかむ。それからまたクォーツへ本当の名を訂正することなく笑顔で「ありがとうございます」と、お礼を言った。
(ラルミは優しくて温かい。ずっと……変わってないわ)
「ありがとう、ラルミ」
「え、そんな御嬢様?! 本当にお気になさらないで下さい!」
彼女から感じる慈愛に満ちた心に熱くなり湧き上がる想いを抑えるようにアメジストは自身の胸へと両手を当て、感謝の意を伝える。
その言葉に慌てふためくラルミの様子はアメジストだけでなく周りにいる皆のクスクスとした笑いを誘い、場は一気に和やか。幸せな空気が流れる。
「ジャニス。どうやら君の命を懸けた選択は、正しかったようだ」
皆に聞こえぬ声で小さく囁いたのは、当主オニキスである。




