294.熟思
ノワは『スピナは外出をしている』とわざわざ部屋まで伝えに来たが嘘を言っているようには、思えない。ではなぜ部屋で休んでいると言っているのだろうか?
――ふと過去の記憶を辿る彼女は、思う。
これまで心身の不調を理由にスピナが食事の席へ姿を見せないことは、一度もなかった。そのため父オニキスがそれ以上追求せず、落ち着き穏やかな表情でここに座っている状況にアメジストは不自然さを、感じる。
(もしかしてお父様は、全てを知っているの?)
何もかもお見通しなのではないかと愛娘は父へと視線を向けた。
元々スピナはアメジストの母ベリルの友人であり、此処ベルメルシア家に同居人として暮らし始めた者である。
当時ベルメルシア家当主であったベリルはスピナの『此処に住まわせてほしい』との願いを快諾した時から、学生の頃までは“ルシェソール家(現在は消滅した)”の御嬢様として過ごしていたことを考慮し「大切な友人が安心して豊かな日々を送れるように」という思いで特別に部屋を準備していた。
その広々とした空間は日常生活していけるほどに快適であり、立派な内装である。
(いや、でも。きっとお父様はノワさんのお話を信じて、お継母様はお部屋で十分にお休みになれると思ったのね。それで納得なさったのかも)
そしてアメジストは熟思黙想する。
(お継母様のお部屋がどんなに素晴らしい場所なのかは、周知の事実)
屋敷の皆が“奥様は体調不調で部屋で休んでいる”というを聞いていればもし数日間スピナの姿を見ないとしても不思議には思わない。
――なんだかいつも近寄りがたい、お部屋。
その“理由”さえはっきりしていれば誰もスピナの部屋へ行くことはあり得ない……継母の信頼する、ノワ以外は。
それはつまり結果的に『スピナは部屋にいる』という話を信じて疑う者などいないだろうな、と。
(お継母様が、皆に怪しまれないようノワさんに命じた?)
仕事とはいえノワが皆へと事実ではないことを伝えたとすれば心苦しかったのではないかと胸が、痛くなる。そう彼女が考え込んでいると――。
ぎゅうッ。
右手に温かく柔らかな何かが、触れる。
「お姉様、お腹空いたですの?」
「んぁ、クォーツ……」
「うぅにぃ~ん♪ ごはぁ~ん!」
「えぇ、そう……ご飯。うっふふ、そうね」
曇り空のようにぼんやり靄のかかるその心を瞬時に潤し、光を射してくれる可愛い小さな手を彼女もまたギュッと握り返し微笑み、自然と安堵の表情になった。




