293.言付
(ノワさん。お継母様の事、皆様へなんと説明を……)
父の険しい表情の訳に加えて奥様専属のお手伝いであるノワが発した言葉に内心ドキッとしたのは他でもない、アメジストだ。その理由はつい先程、自分の部屋へ訪ねて来た彼女から“継母スピナ”が屋敷にはいないという話を聞き事前に、知っていたからである。
「発言の許可を頂き、ありがとうございます」
「そう、堅くならなくても大丈夫だ」
当主からの言葉にノワは右膝を床に着け深く頭を下げると敬意を表する姿勢で「感謝至極に存じます」と、口を開いた。
「では、申し上げます。奥様より『気分が優れないため今夜は部屋で食事をし早めに休む』、そう言付かっておりました」
「なるほど……そうか、解った」
静かに頷いたオニキスはそれ以上深く聞き返すことなくただその一言で、納得した。そんな父のいつになく淡泊なやり取りに多少驚きを隠せない愛娘アメジストは、気になっているのは自分だけなのだろうかと思いふと、ジャニスティの顔色を横目で窺う。
ジャニスティの様子はいつも通りスラリと伸びた姿勢に冷静沈着なものである。が、しかしずっと傍で過ごしてきた彼女にだけ解る雰囲気――それは彼もまた自分と同じように何かを思ったであろう鋭い眼光でオニキスたちの会話に耳を傾けていると、感じた。
(なんだか動揺が、私へと伝わってくるみたいな感覚で)
――ジャニスは何かを、察しているのかしら?
「ノワさん。今回の件、時間がなかったのでしょう。しかしながら明日以降の状況は速やかに、我々へ連絡をして下さい」
「承知いたしました、申し訳ありません」
「まぁフォル、厳しさも必要だがね。そう滅多にあることではないだろう」
すかさず執事フォルからはノワに対して、厳しい忠告が入る。それに深々と頭を下げ謝罪する彼女へオニキスは何事もなかったかのように優しい眼差しを向け「君も今後、気を付ければ良いことだ」と、笑む。
「申し訳ありません、いつものように指導を」
「いや、フォルあってのベルメルシア家だ。心から感謝している」
「旦那様、フォル様。恐悦至極に存じます」
ノワが話を締めるようそう発すると「かしこまらなくて良い」とオニキスは再度笑う。それからすぐに「さぁ、食事にしよう」という当主の声掛けにお手伝いたちはハッと、動き始めた。
(考えが読めない。ノワさんは、お父様へ内緒に? それとも)
ここでノワの発言に疑問を持ち戸惑っていたのは、アメジストだ。




