291.当然
「ありがとう……えっと」
ジャニスティの心強い声にほんわかな気分になるアメジストはほんの少しだけドキッとなり、自分の顔が紅潮していくのを感じる。
「いえ、当然のことです」
「そんな……」
アメジストは、ハッとする。
――“当然”のこと。
(あぁ、そっか……)
その一瞬で浮かれる心にスーッと冷静さを取り戻した彼女の頭の中を過ぎったのはついさっき、自室の扉前でノワが話した思い、『与えられた自分の仕事を完璧に全うする』という言葉であった。
(貴方はいつも私を大切にしてくれて『護る』と言ってくれる。けれども――)
高鳴ったはずの鼓動は急に変化しまるで重音のように聴こえ始めてきた。そして負荷のかかった心臓はぎゅうっと締め付けられだんだんと、痛くなる。
「お嬢様?」
じっと黙ってしまったアメジストを心配したジャニスティから声をかけられた彼女はその心情を隠すようにゆっくり、ふわふわと首を横に振りながら笑う。
「ん、うんん、嬉しい。ジャニスの気持ちが、とても嬉しい」
(そうきっと、ノワさんのように。それは彼が、幼い頃から私のお世話役だから)
――だから、こんなにも『護ろう』としてくれる。
そしてアメジストは、思う。
大雨の夜、どんなことがあろうと“この子を助ける”と決意した時、反対していたジャニスティへ命の大切さだけを必死になって訴えかけ懇願した自分の行動は思慮に欠けていたな、と。
しかし言い合った末、困惑しつつも彼はアメジストの揺るがぬ慈悲の心を尊重し、その重責すべてを背負う覚悟をしてくれたのだ。
(結局私は、自分一人では何も出来ない……皆に支えられ、護られ。今までずっと、甘えてばかりだった)
――でもきっと、これからは私も。
「ジャニス、これからクォーツをお部屋へお迎えに行ってもいいかしら? 夕食へ一緒に行きたいの」
(これからはクォーツの傍にいて……ジャニスの事も私が護れるようになりたい!)
期待の眼差しで聞いた彼女へジャニスティは優しく「構いませんよ」と、答えた。
「きっとクォーツも、御嬢様が迎えに来たと知れば、大変喜びます」
「ありがとう、ジャニス! うふふ、クォーツ喜んでくれるかしら」
少しだけ頬を淡い桃色に染め両頬を手で抑えて話すアメジストの可愛らしい姿を見つめるジャニスティの柔和な表情は“護るべき者”を愛おしく想う気持ちが、滲み出る。
その想いに気付かぬ彼女は「なぜだろう」と思いつつホッと、柔らかな安心感に包まれていた。




