290.心花
――学校帰りの馬車で時間を忘れる程に楽しく、そして賑やかだと感じたのはアメジストだけでなくエデやジャニスティも、同じ思いであった。
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無邪気に話すクォーツが放っていた光は眩しいほど輝き馬車内にいた三人の心奥深くにまで、届く。それは誰もが持つ憎しみや哀しみ、そして恐怖や不安をも忘れさせてくれる、不思議な力。
アメジストやジャニスティが見たあの、白い花の咲く世界。
それは『夢想』――夢に見た心、想いが視うる場所。レヴシャルメ種族の魅せる、夢の魔法なのだろう。
クォーツの映し出した世界はその“夢想の光”に触れた時に、そしていつも隠しているはずの純白の羽も視えてくる。
その羽で舞うレヴシャルメの姿は、皆の中にある心花へと寄り添い、美しい蝶のようにも思えるのだった。
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「クォーツの様子には、私も安堵しております。今は部屋で、大好きな勉強をしているのではないかと……本当に“学ぶこと”が楽しいようで、朝は読めなかった本も、先程聞くと解読していましたよ」
そうジャニスティはフッと微笑みながら「ゆっくりですが、とても自慢気に私へ読み聞かせてくれました」と、自分の事のように話す。
「すごいわ! クォーツはとても頭が良くって、頑張り屋さんなのね」
「……そうですね」
――『頭が良い』か。
(レヴシャルメ。やはりとても賢く……いや、それ以上に予想もつかない、驚くような才知に優れている種族だと、改めて感じる)
出会ってほんの数日で解ってきたレヴシャルメという謎多き、美しい羽を持つ夢の種族。そのクォーツが放つ特別な光と魔力を感じてきたジャニスティはふと、そんな事を考える。
するとアメジストが急に立ち止まり小さな声で、呟いた。
「学校にいる間もずっと。クォーツの事が心配で」
楽しい時間を過ごしもちろん幸せを感じていたアメジストであったが内心は自身も辛く苦しい思いをした朝の場所、クォーツの身に起こった“あの出来事”が脳裏に焼き付き離れない。
(もうあんな辛い思いを、クォーツにさせたくない)
ふわぁっ。
「ジャニス?」
「大丈夫。クォーツには私がついています。そして――」
時間が経つにつれ先の見えない未来に不安を感じるアメジストへジャニスティは穏やかに、話す。
「アメジスト様。“命に代えても貴女様の事は必ず、このジャニスがお護りいたします”」
安心できるよう彼女の髪を優しく撫でる彼はあの日と同じ言葉で――しかしあの時とは違う口調でそう、伝えた。




