287.無音
「今は――」
シーン……。
そう一言だけ発した後ノワはしばらくの間、黙りこくる。
再び訪れた、静寂。
ふとアメジストは部屋を見渡す。閉め切っていないカーテンの隙間からは薄暗くなった空に一番星が光る。それはまるで一日の終わりが近づいていることを、知らせるように。
(ノワさん……あなたはどんな方なの?)
いつも気配を消し感情を持たない、触れることの出来ない心。彼女が何を思いその心奥深くで、抱えているモノとは。
――もっと、ノワさんの事を知りたい。
アメジストの中で初めて湧き上がる、心情。気付けば自然と目を瞑り意識を集中させていく。まるで扉が透視化していくように向こう側へいるノワから感じる波長がスーッと届き頭の中へ、響いてきた。
(空気の流れが、色のように視えて)
それはアメジストの能力なのか?
身体中に巡る血液がぶわぁっと熱くなった瞬間――沈黙するノワから微かに感じたのは『話せない何かがある』と言いたげな、雰囲気。それが重厚な扉を隔てひしひしとアメジストの手のひらに、伝わってきた。
そして静寂が生む、音無き“おと”。
あの世界をアメジストも体験する。
“ぽちゃ……ん”
「――ッ!?」
(なにかしら……なんて優しい音なの? それになんだか、水のせせらぎのような音も聴こえてくる)
「水たまり……いえ、川にいる? 水の“波紋”かしら」
瞳を閉じたまま手のひらをつけていた扉におでこを寄せると見えた、光景。それは今現在のアメジストがまだ知らない出来事、あの屋敷裏の中庭でジャニスティが涙を流し感じた、不思議な現象と同じであったのだ。
(本当の気持ちは、どこかにあって……でも、水のように掴めない)
ゆっくりと瞼を開いたアメジストは口元を緩め微笑むと「きっとノワさんは清らかな心の持ち主」と、呟く。そうして次の言葉を待っていた彼女の耳に聞こえてきたのは今にも消えそうに、囁くような声。
「……すべてをお話することは、極めて困難です」
「えぇ、解りました」
(いつか、お話出来たら)
ノワからの予想できた答えにアメジストもまた囁くように、答える。ほんの数分――“しばらく沈黙”をした時間は彼女なりに言葉では説明出来ないモノを、理解したからだ。
「一つだけ、お話しておきます」
「エッ!? あの……はい」
てっきり話は終わったものと扉から離れ下を向き自身の気持ちを落ち着けようとしていたアメジストはノワからの思わぬ言葉にハッと目線を上げ、慌てて返事をしていた。




