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283.書斎


 この日オニキスがアメジストを呼び書斎で話した内容はいつものようなキラキラとした過去、ベリルとの輝く思い出話ではない。


 愛しているからこそ、話す。しかし大切な愛娘がショックを受け疲弊してしまうような真実ばかりを打ち明けた父はいつも以上に彼女の心身を案じ、心配する。


 そのためか? 普段は書斎の入口まで見送ることはない彼が扉の外まで出てきた。アメジストはその様子にクスッと笑い「大丈夫です」と言い、その過保護すぎる父の言動にくすぐったくなるほどの幸せを感じながら軽く頭を下げ、笑顔で小さく右手を振り向き直った。


(子供とはいつの間にか、大きくなるのだな)


 歩き出したアメジストの背中に目を細めた父、オニキス。まだまだ子供だと思っていた愛娘の成長した姿が心強く、感極まる。


「心優しく、愛溢れる子に育ってくれた」


 カチャ――ン……。


 姿が見えなくなるまで見守っていた彼は、部屋の奥へと戻る。手を離した書斎の扉が丁寧に閉まりきる音を聞いてから――数秒後。


 オニキスは自分用の一人掛けソファに深く座ると背もたれの上に後頭部を預け溜息をつきながら天井を、見上げる。


 シーン…………。


 一人になった、部屋。

 彼は神妙な面持ちでぽつりと、呟く。


「そろそろ、過去に決着をつける時が来たのだろう」


――ベリル、どうかアメジストの持つ力を……美しい心を。

「あの子の事を、護ってあげてほしい」


 目を瞑り、願う。


 物思いに(ふけ)るように、そのままの姿勢で数分。ゆっくりと目を開けたオニキスの瞳はいつもの力強い眼光に、戻る。それは今後の“ベルメルシア家”についてオニキス自身改めて覚悟し、そして“決心”を固めた瞬間であった。


 オニキスがこうして心を持ち直したのは開花したばかりのアメジストの魔力が働き癒されたからでは、決してない。


――二人には魔法などでは絶対に操作することの出来ない、繋がりがある。


 どんなに辛いことや悲しいことがあろうと父娘が胸に抱く思いは、変わらなかった。それは“ベルメルシア親子”の間に互いを思いやる気持ちと変わらぬ愛情があり誰にも壊すことの出来ない、入る余地などない――信頼関係なのだ。



「……よし、残りの仕事を片付けるとしよう」


 静寂の中、一人。

 オニキスが屋敷内で最も安心できる場所が、この書斎。


 外部の侵入はおろか万が一あのスピナが何か企んだとしても、手ひとつ出すことすら出来ず及ばない程、強固な保守魔法が部屋中に張り巡らされているからである。


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