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273.手蔓


『では、旦那様ぁ。この件は、他言無用という事で、ね?』


“ふわっ”


(ん?)

 その一瞬、ある香りと視界に入った花。


(オレンジ色の、マリーゴールド……)

――スピナが、祝いに持ってきてくれたのか。


 その一瞬、少しだけ冷静さを取り戻したオニキスは一つ願い出た。

『いや、すまんがスピナ。執事のフォルにだけは報告をしたい』


 その言葉に眉をひそめ考えるような素振りを見せたスピナはあまり人に知られたくないと言わんばかりの怪訝な表情で『確実に目覚める保証はないのですから』と、否定的な意見を言う。


 しかしオニキスはフォルの必要性について明言すると、同席させてほしいと再度、申し出た。


『彼はベリルの祖父のような存在だ。そして長い間、ベルメルシア家に従事してきた為、私などより格段に詳しい。この屋敷はいわば、フォルが護っていると言っても過言ではないのだよ』


『はぁ……分かりましたわ。ではフォル様をお呼びしてから、今後の事をお話致しましょう』


 そう言うと渋々、彼女はフォルの介入を許した。


 その後、執事のフォルが到着するとスピナは流暢に説明を始める。心の余裕がない状態のオニキスは聞いているだけで精一杯。


 しかしフォルの反応だけは、違っていた。


『お話はよく解りました、スピナ様。仮に、もし本当に、ベリル御嬢様が亡くなったのではなく、生きているというのであれば、ベルメルシア家の血族と、その認められ関わる者だけが入ることを許された――然るべき場所で』


 その言葉にフッと顔を上げたオニキスが声を発するよりも素早くスピナの荒げた声が部屋中に、響き渡る。


『なッ! どういう意味かしらねぇ、フォル様……貴方、まさか!? (わたくし)の事が信用ならないと思っているのかしら?』


『とんでもありません。スピナ様が、お嬢様を助けたいと思われるそのお心に、大変感銘を受けております。ただ――』


 そこで一度フォルはオニキスの方へ、瞳だけを向ける。

(ん? どうしたのだ、フォル。何か疑念を抱いているのか?)


 抑揚のない声でフォルは再び、話を続けた。


『ベリル様が“ベルメルシア家を受け継ぐ者”であり、未だ当主であることに変わりはございません。その美しき命ある限り、お護りするのが私の役目でございます故、ご理解賜りたく存じます』


 スピナが話す提案『私がいつでも目覚めの力を与えられる場所で』という方法にフォルはそこだけは譲れぬと“ベリル御嬢様はベルメルシア家の庇護下に”との主張を、貫いた。


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