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272.絶望


「すまない、アメジスト」

「……」


(どういうこと? ベリルお母様が、あの場所で眠っている、眠る……)


――生きているということ!?


 さすがの彼女も頭の中にある様々な考えや心情、その先にある希望と不安が交錯する。呆気に取られしばらく表情も変えず、声も出ずにいた。その様子が気掛かりながらもオニキスは全身全霊で愛娘の気持ちに配慮し過去にあった全容を、話し始めた。



 十六年前、ふわふわとした雪が月の光りにキラキラと輝く、二月のある日。寒さ忘れる美しい夜にアメジストは誕生。ベルメルシア家で働く全ての者たちが歓喜に満ち溢れオニキスもベリルを労い抱き締め、喜んだ。


 しかしその数時間後。

 彼は愛する妻が息を引き取ったとの報告を、ある人物から聞く。


――スピナである。


 ベリルが姉のように慕う良き友人だった彼女はずっと、産後のベリルについていたという。すると急に具合が悪くなり、それからはあっという間の出来事だった、と。オニキスは意味も解らず妻の眠る寝室へ駆けつけ、状況をこの目で確かめ知る。


『原因不明だと?! どういう事だ! ベリル……あぁなんという』


 彼はこれまでに見たことがない程に取り乱しその悲しみを言葉にならぬ声で、叫ぶ。ほんの数時間前に流した喜びの涙は今、悲痛の涙へと変化した。周囲に集まっていた者たちは気を遣い寝室を後にした。


 それからしばらくして声をかけたのは、スピナである。

『旦那様、皆には言えませんでしたが。ベリルはまだ生きています』


 その言葉に唖然とするオニキスは『慰めなら結構だ』と突っぱねる。しかしスピナは微笑みながら静かに、囁くように、話を続けた。


『いいえ、旦那様。この子(ベリル)は今、仮死状態となっているのですよ。苦しみ死ぬ間際、彼女は自身に何らかの治癒魔法を施してしまったのだと思われますわ』


『まさか、そのようなことが』


 有り得ない話ではなかった。

 ベルメルシア家が受け継ぐその能力は、計り知れない。ましてや魔力を持たない彼にとって確かめようがなかったのだ。何より愛する妻が慕っていた相手から彼女は生きていると言われれば、信用する。


『そこで、提案がありますのよ。この子(ベリル)が目覚めるよう私に、お手伝いをさせて下さいませんか?』


 今の彼には、判断能力などない。


『……どうすれば……よいのだ』


『ンフフ、良かったですわ。旦那様が信じて下さって』


 絶頂から絶望のどん底に落ちた彼にとって彼女からの提案は、(わら)にも(すが)るような思いであった。


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