271.驚愕
“サァー……ザワザワザワ……”
(木の葉がまた、会話しているみたいに聞こえるの)
しばしの、沈黙。
座るソファから見え窓の外に光る太陽はまるで二人の行く末を、見守るかのように。その輝く木の葉が風に揺れ鳴らす、音。
それは今日アメジストが学校の帰り道に聴いたあの校庭に並ぶ木々の音色――風の“音楽”とよく似ていた。
自然と瞳を閉じ、聴き入る。
それからすぐ父オニキスが話を、切り出す。
「私は、自分が無能力であると言えずにいた臆病で弱い者だ。そしてお前が受け継いだと思われる能力を、この心が本当は願っているのかもしれないと。そんな私は、酷い父親であろう」
「いいえ、お父様」
そんなオニキスの懸念とは裏腹にアメジストは瞳を開けふっくら頬をピンク色に染めながら、笑顔で答える。
「想い続けてきたのです。会えないと理解していても、いつかは逢いたいと。そんな風に心の中で、ずっと憧れを描いてきたベリルお母様に、私が少しでも近づけたのでしたら。お父様がそう、感じて下さったのであれば――こんなに幸せなことはありませんわ」
(スピナに辛い思いをさせられ、母親のいない日々が。どんなに淋しかったことだろうか)
「お前は、本当に優しい子に育ってくれた……」
そう娘から言われれば通常は喜ぶであろう心に沁み入る言葉。だが今オニキスはその健気な愛娘の姿を見ると辛く、申し訳ない気持ちでいっぱいになりその苦しい思いは膨らみ続けていた。
(そうだ、いつかは。この日が来ると分かっていたことなのだ)
「アメジスト」
「は、はい。お父様」
「スピナがこのベルメルシア家にいる、本当の理由を話そう」
「ぇ?」
小さな声で返事をしたアメジストは父の堅い表情に背筋が伸びピリッと張り詰めた空気に瞬きが、増える。
そして語られた、真実――。
「この屋敷にある“秘密”という場所は、お前が見つけ通ったという書庫の隠し扉で、間違いない」
「そうだったのですね。とても優しい感じのする、不思議な場所でした」
「そこにお前の母――“ベリルが眠っている”」
「え、お、お父様? それは、どのような意味で。その、何を仰っているのかが私、理解が出来な……」
「ベリルは“眠っている”。お前を産んだ、あの日から」
――眠ったままだ。
「そんな事、信じられ……黙って……隠していたというのですか!?」
震えながらもやっとの思いで声を、絞り出す。
それは予想だにしない、驚愕の事実。
アメジストは――自分の耳を疑った。




