266.精神
(大丈夫、きっと……ダイジョウブ。私はこのベルメルシア家にいる皆さんの笑顔が見たい。だからそれまでは、頑張るの)
――何があっても、笑顔を忘れないでいたい。
そう心に留め生きてきたアメジストの心は積み重なる重圧で稀に、挫けそうになる。
本当は甘えたい盛りだった幼き頃も含め、自分の気持ちや想いを抑え込みその状態に慣れる事で成立していた姿。それが“ベルメルシア家の御令嬢アメジスト”のあるべき姿なのだと勝手に思い込んでいたのではないかと彼女自身、うっすらと感じていた。
きっかけは、やはり“魔力の開花”だったのだろうか。
強い責任感と自分が周囲へ与える影響力を思議するあまり、十六年間アメジストの中だけで抱え整えてきた自己調和は今、乱れ始める。
◆
素っ気なく冷たい低めの声にツンと見下す冷淡な目で周囲を見る継母、スピナの厳しすぎる指導も悪く作用しアメジストは長い間、無理をしていたのだ。
「ラルミ、か。そのお手伝いには感謝の意を……私はほとんどお前の側にいてやれなかった。駄目な父親で、本当にすまない」
「いえ、お父様! そのようなこと、仰らないで」
頭を下げる父に慌てて「お父様のせいではありません」とアメジストは力強く手を握り、優しい輝くような笑顔で言葉をかける。それに応えたオニキスは申し訳なさそうな表情で笑みを、浮かべる。
(私は不甲斐ない。突然ベリルを失ったことで柄にもなく落ち込んでしまったのだから。何もかもがどうでもよくなったあの時……私の精神が弱かったばかりに、私さえしっかりしていれば)
「お父様?」
「あぁ、すまないね、アメジスト。お前の話を、続けてくれるかい?」
オニキスが心に抱え続ける様々な、自責の念。そして魔力を持たない自分が出来ることは何かと考えたその結果の一つが、今のような強靭な精神力を鍛えたことであった。
――ベリルよ。君がもし今、此処にいたのなら。どう娘と向き合うだろうか。
そんなことを思いつつ心の中で彼は亡き最愛の妻へと、呟く。
(素晴らしい母となったであろう、君が。目の前にいる、こんなに可愛い娘を苦しめる事などなく、きっと、もっと。この“ベルメルシア家”で生きる、良い方法を伝授したのかもしれないな)
「はい……では改めて。お父様へ、お伺いしたいことがあります」
本当の自分、それは心奥深く変化し始めた心情と父への思いが重なったこの時間。
ずっと胸に閉まっていた『なぜ?』をアメジストは、聞いた。




