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264.蝶羽


 思い出すのも辛く苦しいであろうその目に浮かぶ幼い頃の、記憶。


 まるで今、目の前でその様子が映し出されているように身振り手振りをしながら悲しい表情で彼女はその時の状況を父オニキスへ懸命に、伝える。


「ほんの少し前まで楽しそうに躍り舞っていた可愛い蝶が、一緒にいた私のせいで……そう考えると、また悲しみが溢れてきました。そんな折、ふと周りを見渡すと、すぐ側にお手伝いのラミがいて、話しかけてくれたのです」


「ラミ……お前の力が目覚めた瞬間に力を感じたと話していた、あのお手伝いのことかい」


 コクンと首を縦に振り微笑むとアメジストは少し間を置き思い出すかのように再度ゆっくりと瞬きをし、口を開く。


「彼女は優しく声をかけて頭を撫で慰めて、ぎゅっと抱きしめてくれました。私はその瞬間に身体中がとても安心感に満たされホッとして。きっとラミの愛が私の暗闇に向かう心を助けて下さったのでしょう」


「そうか……」

(挨拶程度で深く話をした事はないが、彼女はベリルが健在だった頃からこの屋敷で働いてくれている、数少ない信頼の置ける、お手伝いの一人だったな)


 オニキスは自分の知らない愛娘の辛すぎる過去を聞き少し、戸惑う。しかしそれを影ながら助けまた心の支えとなっていたというお手伝いのラルミ。

 そして突然アメジストが能力に目覚めた昨日の昼食後。手を取り合い会話をしていた彼女(ラルミ)が何かしら『魔力開花』のきっかけに繋がったのではないか? と、オニキスはラルミの存在に得も言われぬ感情を抱き、気になり始めていた。


――ラルミとは一体、何者だろうか。一度、話を聞く必要がありそうだ。


 彼がそんなことを思案しているとアメジストの小さな声がまたゆっくりとした語り口調で、聞こえてきた。


「それから私は蝶を手のひらに乗せたまま、ラルミとお庭を歩きました。そこでいつもは咲いていない純白で美しい花……その綺麗で可愛い蝶の羽に似た真っ白なお花を見つけたのです」


(そんなに真っ白で美しい花? あまり屋敷では見ないが、何の種類だろうか)

 オニキスは右手で自身の顎に触れながら考え、窓から見える庭を眺める。


「そのお花の隣に『ちょうちょさん、ごめんなさい』と言って、土へ」


 もちろんそれでも「蝶に許されたとは思いませんが」と彼女は、呟く。


 継母の手に取られた蝶が紙のように目の前で握られたことによる、恐怖と衝撃。それは一種のトラウマのようなものをアメジストの心に、植え付けていた。


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