263.昔話
(私……ずっと、考えないようにしてた)
――でも、いつかは言わないと……聞かなきゃって。そう分かっていたの。
心の中で呟いたアメジストはゆっくりと瞬きをし、まるで物語を読むように一言、一言を、丁寧に語り始めた。
「私が幼い頃のお話です。ある日お庭で遊んでいると、美しく咲く花々の周りをひらひらと舞う蝶がいました」
それはまだ彼女が三歳くらい、周囲の言葉や目も気にならない無邪気な年の頃であった。その日、ベルメルシア家の庭にある花園で一人、アメジストは色とりどりの花に囲まれ心弾ませていると、陽気に躍り舞う蝶へ出会う。「可愛いちょうちょさん! どんな気持ちで飛んでいるの?」ふと思い、笑いかけると、言葉を交わせない蝶と楽しく遊んでいた。その時、ブワッと背筋が凍り付くような冷たさと痛みを感じたという。
「何かな? と思い、振り返りました。するとそこには、スピナお継母様が立っていたのです。そして一緒に遊んでいた可愛い蝶を手に取ると、お継母様は私にこう言いました」
少しだけ顔を伏せながらスピナの言った言葉を思い返し、続ける。
『いいこと? アメジスト。お前の母親ベリルは、お前を産んだから死ぬことになったのです。その意味、よ~くお考えなさい。今後は私の言う事を聞き、この私、スピナおかあさまに従って……ずっと弱い弱い、良い子でいてちょうだい。さもなくば――――』
その時はまだスピナの言う言葉の意味を理解できなかったという彼女だが継母の全身から発せられた冷酷なオーラと威圧感に、泣きだした。その恐怖心は後に、お手伝いたちも感じていたものと判る。
「また叱られると感じて思わず泣き始めた私に、お継母様は……スピナお継母様は、あの美しかった蝶の羽を……命を奪って。座り込んだ私に、な、投げ、つけました」
言いづらそうに話すアメジストは自分の膝に置いていた両手のひらでスカートをくしゃっとなるくらいギュッと掴み、声を絞り出す。
「なんと残虐な……」
(そのような目に、遭っていたとは)
オニキスはその光景を想像し心痛な思いに駆られつい声を、発してしまう。
「私、蝶を手に乗せて、たくさん泣いて。それを見たお継母様は、すぐに泣き止むよう言いました。しばらくしていなくなり、私は涙を拭いて思ったのです」
(綺麗で人懐っこくて、可愛いちょうちょさん)
――今まで出会ったどんな蝶よりも、純白の羽を持つ。とても美しい蝶だった。
「その蝶を、お花の傍に、と」




