表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
261/471

261.心弛



――『それに、なぜ……』


 そう声を詰まらせた愛娘が次に発するであろう言葉がオニキスには、予測できていた。(むせ)び泣くのを耐えるようにしくしく涙を流すアメジストをゆっくりそっと抱き締めた父の心情は張り裂けそうな程の痛みを感じ、苦しくなる。


 それでも彼女からの話が全て終わるまでは自分から口を出すわけにはいかない、素直で正直な声を邪魔をしないようアメジストの調子で最後まで聞き受け止めたいと喉まで出かかった言葉をグッと、飲み込んだ。


「ぅん……グスッ。だ、いじょ……ぶです。きち、と……自分の言葉でお話を」


「あぁ、解っているよ」


 父の安心できる鼓動の響く胸から「ありがとうございます」と言い顔を離すと上着のポケットからレースが縫われた淡い桃色のハンカチを取り出し、涙を拭く。それから瞬時に「すぅーふぅ」と深い深呼吸を一回すると乱れる自分の感情を、(しず)めた。


 その姿を見た瞬間ハッとオニキスの目に浮かんだのは今も愛してやまない妻、ベリル。ふと想いを馳せた風景が、蘇る。


――十何年前か……あの頃はまだ私も若く、未熟だった。

(いつも凛と美しいベリルも強がり、泣いている日があった)


 どこかいつもと違う愛娘の雰囲気に不思議な感覚を感じつつも表情を変えることなくオニキスは、言葉をかけた。


「その美しい花柄のレース。お前に良く似合う、品のあるハンカチだ」


「ぇえ? うっふふ、とても嬉しいです。実は以前お誕生日に、お屋敷の皆様に頂きまして――……」


 極度の緊張感から(すく)んでいた心を(ほぐ)そうとしてくれているのか。笑む父の優しい声と何気ない言葉が彼女の身に染みる。しばらく会話をしていると気付けばアメジストは泣いていたことを忘れるように、笑い始めた。


「そうか、有難い。皆、アメジストの事をよく見ているのだな」


「はい! 昨日、私の手のひらから温かな光が生まれた瞬間に見た、皆様の笑顔。あのようにこれからもっと、もっと笑顔でお話がしたいのです!」


 感情的になりかけたアメジストの心を自然に落ち着かせ前向きな気分にさせていったのは父オニキスが持つその、話術によるものである。


 日々オニキスの仕事では様々な事柄を敏感に察する能力やまた、駆け引きも多くある。特に商談など相手の心を読み取り状況に応じた声掛けや話し合いで解決する技術と知性は、必要不可欠だ。そのため普段の仕事から方法を得ているオニキスにとって目の前にいる愛娘の感情を安心させることは、容易であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ