260.訥弁
「今日学校で、お話があると呼ばれました」
「ん、そうか」
ゆっくりと選ぶように小さく声を発するアメジストの不安気な気持ちを察したオニキスは慌てず焦らせないように言葉少なに静かな相槌を打ちながら、次の言葉を待つ。
「その先生は、最高位紋章の徽章を持つ、学園内でとても偉い御方なのですが」
「ほぉ、それは緊張しただろう」
彼女にとっては言いづらくもある話。不安や懸念の思いが入り混じる中、父の微笑みと穏やかな口調にだんだんと落ち着きを、取り戻す。
「はい。私、どうして呼ばれたのかなって不安でした。職員室へ伺ってみると、先生が心配そうに『急なお茶会でお休みするとの連絡をもらった』と言って。そのお話でした」
「なるほど……」
「それで、えっと。お茶会の話で、スピナお継母様のお名前が出て、以前先生の教え子だったことを知りました。そして、ベリルお母様も同じ学園だったと」
「私もそう聞いている」
声のトーンや表情一つ変えずに自分の話を受け止め聞いてくれる父からこの先、どのような答えが返ってくるのか? 今の彼女には見当もつかない。それでもアメジストは揺るがぬ父への信頼の元、この話を続けていく。
「そ、その……先生とお話をしていくうちに――『スピナお継母様はかつて、ベリルお母様と姉妹のように仲良く、その後ベルメルシア家で一緒に過ごされていた』と、聞きました」
「あぁ、間違いない」
否定もせずアメジストが話し終えるまで説明をすることもなくじっくりと耳を傾けてきたオニキスは愛娘の瞳を、据えたまま。その嘘偽りなき視線に彼女自身も強い意思で心に浮かぶ想いを言葉にし、紡ぐ。
「スピナお継母様の過去についてもおおよそ、先生は教えてくださいました。でも、どうして先生が私にそのようなお話をなさったのか……そして――ッ! そ、その……なぜ……お父様は」
「うん」
勢いよく顔を上げた彼女の表情は困惑し頬は珍しくリンゴのように赤く、染まっていた。そして窓から射し込む陽光に力を注がれたかのように桃紫色の大きな瞳はこれまでにも増してキラキラと美しく、輝く。
そう――宝石のように。
「どうして、お父様は。スピナお継母様のお話をしてくださらなかったのですか? それに、なぜ……」
ピンッ――。
張り詰めていた糸が音を立て、切れたかのように。
生まれてから十六年間アメジストが抱えてきた疑問はポロポロと大粒の涙へと変化し父娘が握り合う互いの手の甲を伝い、零れ落ちていた。




