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239.心算


 クォーツの手をマリーに預け入口近くまで戻ってきたエデは彼の様子がおかしいことに気付き、声をかけていた。


「ジャニスティ様……いえ、今はジャニーで良いですかな」

「エデ……はい。お二人の前では、私はまだまだ、赤子同然でしょう」

「ははっ。そのようなことはないさ、ジャニー。君はもう十分に成長し、今では立派にお嬢様を、そしてベルメルシア家全体を支え、守っているだろう」


「そう……私などが。本当に、そうでしょうか」

 体側に沿って両腕を肘まで伸ばし下ろしていたジャニスティの手のひらはその言葉と同時にグッと強く握られ少しばかり自信なさ気な表情で、返事をする。


 マリーとクォーツが楽しそうにする姿を眺めながら話し始めた、エデとジャニスティ。この時、二人は元の“師匠と弟子”という関係に変化していた。


「ジャニー、君がそのような顔をするのは珍しい」

「えぇ、ははは。何でしょうね、経験のないことです。ここ最近、少しそのようなことを考えてしまう。そして感情のコントロールを失いそうになります」

「なるほど、そういうことかい」


 微笑み優しく返すエデの声にはやはり何とも言えぬ、安心感がある。強張りかけていたジャニスティの身体はフッと力が抜け「これは鍛錬(たんれん)が足りませんね……」と笑い、自然に自身の心が抱える問題を打ち明けていた。


「ジャニー、私の思いを話しても良いかね?」

「はい、もちろんです。何なりと」


 目を合わせずとも理解し合える、それは他とは違う繋がりを互いに感じる。


「私はね、師である前に心の中では君の“父”であるという思いがある。そして、それはマリーも同じだ」

 そう言うとエデはすっと顔を上げた彼女に軽く、手を振る。その姿を見て頬をピンク色に染めにっこりと微笑み、マリーも答えた。


「エデ、ありがとうございます。そのように言ってもらえるとは、思ってもみなかった。家族も、そして心許す仲間すらいなくなった私にとって、あの三ヶ月間は本当に……僕の人生を変えた、大事な時間です」


「そうか、そう言ってもらえると、私も嬉しいがね。良ければ君の――“ジャニスティ”として生まれ変わった君の。真の“父と母”になりたいものだが、どうかね?」


「――ッ!?」

「そう、私たち夫婦は君を見送ったあの日から、ずっと考えていたことだ」


「い、あ、え?」

 突然の話にジャニスティは一驚し、声も出ない。


 目をまるくした見たことのないような彼の顔にエデもまた、笑うのであった。


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