232.脳裏
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アメジストを送迎する時は必ず屋敷の裏門へと馬車をとめるエデは朝、学校へ彼女を見送った後、迎えの時間を普段からジャニスティと話し、合わせている。
しかしこの日はオニキスの仕事が思いのほか早く終わり時間を余したエデは相棒である馬を愛でながら、心地良い風に吹かれた。その一瞬に前ベルメルシア家当主であり今は亡きアメジストの母ベリルを、思い出す。
――亡き奥様が、皆の事をきっと守って下さるだろう。
そんな穏やかな時を過ごしていた折に突然、物悲しさを感じていた心を満たすような温もりが彼を包み込んでいった。
それはもちろんクォーツ(レヴシャルメ種族)が持つ、特有の魔力によるものである。
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「わぁ~い♪ 馬車ですわぁ~!!」
「おっとクォーツ。立ち上がると危ないぞ」
「んふ? はぁい、お兄様ぁ」
「はははっ。クォーツお嬢様は兄さんのいうことをきちんと聞けて、本当にお利口さんですな」
笑いながら話すエデはとても楽しそうに馬車を走らせる。
数分前クォーツの感知能力によりジャニスティは予定より早く裏門へ来ていた。そこで「アメジストお嬢様お迎えのお時間まで、よろしければ」とエデから提案をされ、受ける。
いつもより早く屋敷を出発することとなったジャニスティとクォーツはエデの計らいで、ある店へと向かっていた。
「ねぇねぇ、おじちゃまぁ♪ これからどこへ行くですのぉ?」
(クォーツ、嬉しそうだ。元気になって良かった)
ジャニスティは心の中でそう呟き、そして苦しむ。
――家族の居なかった私にはまだ、大切な者への接し方が理解できていない。
内に抱える真意はやはり朝に起こった、出来事。そしてその後、自分が可愛い妹へ“悲しい”の意味を問うたばかりに辛い事件を思い出させてしまい、包泣させてしまった瞬間――あの現実が彼の脳裏を掠め、過去の自分が不安を、煽る。
「えぇ、クォーツお嬢様も、きっと気に入りますぞ」
「良かったな、クォーツ」
「キュあ!! うふふぃ♪」
その返事にクォーツは頬をピンク色に紅潮させ、喜ぶ。
「さて……そうそう」
ふと、エデが話を切り出す。
「ジャニスティ様。ご存知の通り、本日は街で服飾の祭典が行われておりますが……あれから少々、面倒事がありましてな」
「面倒事? 旦那様に、何かあったのか」
その一言でジャニスティの表情は一変したが、しかし。
エデの口調は変わらず爽やかで、大らか。広い背中からは「心配いらない」との声が、聞こえてくるようであった。




