225.品格
◇
「あーら、早かったですわね。もういらしていたんですか?」
“シュッ――パサッ……”
白とピンクの花弁五裂の中に一枚だけ青色の花びらが縫われた花刺繍の扇を広げ口元を隠す、声の主。
「何故君が……此処で一体、何をしている」
「何って。やぁ~ねぇ、あ・な・た? 今日は年に一度、服飾の祭典でしょう? お買い物に決まっているじゃありませんこと?」
まるで相手を蔑むような目と言い方で話す人物――それはスピナだ。
そんな彼女の態度にも慣れたように顔色一つ変えず厳しい口調で会話をする相手――他でもないオニキスである。
「それは言わずとも解る。しかし君は茶会の準備があるのでは?」
「はぁーん? そんなの使用人たちにやらせるに決まっているじゃない」
突然、出掛けると言い自身の専属お手伝いであるノワを連れ街へ来ていたスピナ。
午前の仕事を終えてから到着したオニキスたちよりも早く着き、先回りしていたのだ。
「スピナ、私は今回の茶会に、賛成しているわけではない」
「ふぅ~ん、でも仕方ないじゃない? もう招待状は――」
そう鼻で笑いながら扇を皿のように持ち替え「ふぅーっ」と吹いて飛ばすような仕草を、見せる。
「こんな風に、お客様へ届いているはずですわ」
(もう君は、品格すら失ったというのか?)
その言動はあまりに品が無く卑しい。そんなスピナの様子に、もはや溜息すら出ない。
そして彼は鋭い眼光でスピナへにじり寄る。その後ろで待機する執事のフォルもまた、顔が強張っていた。
「だからこそ言っている。このように急な催しをすること自体、常識外れだ。その上、ベルメルシア家の茶会がどれだけの影響力があるか。大切な招宴だということを、君は本当に理解しているのか?」
勝手な持論を展開し言いたい放題なスピナ。
それでもオニキスとフォルの二人がスピナに対して憤怒しないのは、亡きベリルの意志を継ぐ心を持っているからである。
彼女は何時いかなる時も“争い”ではなく“平和”での解決を望み、その為なら努力を惜しまなかったからだ。
「おほほ、大丈夫ですよ~。ベルメルシア当主さーま。あなたが不在でもこの私が成功させますから、安心してお仕事なさって下さいねぇ」
「とにかく、よく考えて行動を」
呆れ顔でオニキスはそう言うと足早に、歩き始める。
(そうこれから、私の自由にさせてもらいますわ)
「アメジストの未来も、ね」
ニヤリと細めた目でこの場を去る彼の背中を見つめ囁く声でスピナは、呟いた。




