219.視線
――警戒心が強く無表情な私に皆、近寄りがたいと思っている。
日々ジャニスティが周囲の視線や行動から感じ、理解していること。そしてほんの数時間前――今朝も食事の部屋で彼は“孤独”という溜息をついた。しかしそれはいつもの、慣れた光景。
だからこそ彼は、驚く。
「お忙しい中、手伝って頂き本当にありがとうございます。ジャニスティ様」
お手伝いのラルミは四十五度に頭を下げ改めて、感謝の言葉を口にする。
(皆、私の事を怖がっていたのではないのか?)
そんな自分へ、この場にいるお手伝いたちが与えてくれた温かい感謝の言葉と視線に彼の心は熱く、恥ずかしさにも似たくすぐったいような気持ちになる。
しかし余程のことがない限り冷静さを欠く事はまずないジャニスティはそのスッとした表情を崩すことなく、淡々とラルミの言葉に答えた。
「いや。それは皆様の努力と、私の指示を迅速かつ丁寧で的確にこなす――その高い技術と能力のお陰でしょう。むしろ、私の方が助けられた」
――ザワザワッ!!
「嬉しいです。頑張って良かった」
「ジャニスティ様から、労いのお言葉を頂けるなんて!」
「身に余るお言葉ありがとうございます」
部屋中から聞こえてくる声は心の奥深くから溢れる、皆の素直な気持ちから生まれた言の葉である。いつもスピナからの仕打ちを特に厳しく受けている者を中心にお手伝いたちの瞳には溢れんばかりの涙が、浮かぶ。
――皆の笑顔が美しく輝き、そう見えた光景から感じるのは喜びと、幸せ。
「私にそこまで畏まらないでくれ」
(しかし、まさか周囲の者を気遣う言葉が、私の口から自然に出ようとは)
お手伝いたちの高揚した表情を見てハッとしたこの瞬間、ジャニスティも自身が発した言葉に驚き同様に、えもいわれぬ心地良さに包まれる。
(お嬢様に感じた、あの胸を打つ温かな気持ちとは、また違う感覚だ)
そんな和らいだ明るい雰囲気の中、突然“パンパン”と手を叩き場を仕切り直す音がした。皆が一斉に背筋をピンっと伸ばし、空気が締まる。
「さぁさぁ! そうは言っても皆さん、時間はありませんよ!」
声の主は昔からベルメルシア家で働くお手伝いであり現在は屋敷で働く者たちの美意識を保つための指導を一任され取り仕切る、長であった。見た目は体格が良く貫禄があり口調も厳しいが、しかしとても愛情深く優しい。
そんな彼女は今、皆に対して怒っているのではなく部屋中に響く元気な明るい声で、注意をしていたのだ。




