203.虚言
「何を言おうと、悪いが此処は君の暮らす街でのやり方とは違うのだよ」
注意をするオニキス――淡々としているように見える言葉の奥とその瞳には温かさが感じられそれは、諭すようでもある。
「いやー……そうでした。申し訳ありません、ベルメルシア様。それから言い過ぎました。店主さんにも、すみませんでした」
(またか、表情が違う)
――なんだ、この気配は。
馬車での道中、おおよその話は聞いていたエデであるが、しかし。今この瞬間、初めてカオメドという人物に会い感じ取った印象は聞いていた以上の異常さと、異様な光景。
(どうも人族では、なさそうだ)
エデは鋭い眼で彼を見つめ、思う。しかしそこはサンヴァル族の持つ、特異能力。勘付かれることはない。
「皆様にも一言。せっかくの楽しい祭典に、僕が少しばかり騒いでしまったこと、心より深くお詫び申し上げます」
フッと姿勢良く頭を下げ爽やかな雰囲気に変わったカオメドは朝の商談時、最初にオニキスへ見せていたあの真面目そうな好青年へと変化していた。
その誠実そうに見える涼し気な顔と落ち着いた声色は周囲でざわつく皆の意識を彼の元へと、誘う。
『あの商人の言っていることが、正しいんじゃないかい?』
『んん、いや、しかしだな。なぜ店主は勝手な事を……我々は皆で話し合って、毎年出店する店を決めているんだぞ』
『もういいんじゃないか? あの人も、あぁ言って謝ってるし』
この場にいる者たちの考え、頭の中には「新入りの商人が正しい」という空気感が漂っていく。それはまるで目に見えぬ何か――天使の皮を被った悪魔のように、じわりじわりと“負の感情”として皆の心へ入り込み、宿り始める。
「さて、と」
そう一言、くるりと回りカオメドが向き直った方向はまたしても、洋服店の店主。今もなお出店参加者や街の皆からの厳しい視線を浴び続けている店主と目を合わせると、にっこり笑顔。
その上がる口角からは「許可はもらったんでねぇ」との言葉が、発せられた。
「ぬ……な、私は……」
――この男に、嵌められたのか!!
店主は歯をギリギリと食いしばる。
その悔しい気持ち、耐え難い心の痛み、怒りが込み上げ我を失っていった。
(この男、絶対に!!)
「許さぬ!」
「おいっ!?」
見たことのない鬼の形相で走り出した店主はカオメドへ一直線。今にも殴りかかりそうになった、その時。
パシッ――。
「店主、落ち着いて下さい」
その熱い手からは、激しい怒りが伝わっていた。




