185.靄然
「なるほど……解った。報告ありがとう、エデ」
「とんでもないことでございます」
表情を崩すことなく返事をしたオニキスであるが、心中穏やかでない。しばらく無言で考え込むのは可愛い娘二人――アメジストとクォーツの心身を案ずる想いだ。
「……」
(どうやら、私の知らぬところで恐ろしい何かが起こっているようだ)
彼の周囲は今、信頼できるエデとフォルが気を張り護衛している。その為か感情が少し表れたオニキスの顔は次第に険しくなっていった。それから自身の顎に手を当てると眼光鋭く地面に目をやり、考え込んでしまう。
その原因の一つに邪悪さを想像させる直感に、襲われていたからだ。
「エデ様、出発の準備を」
「はい、かしこまりました」
オニキスがこの時に抱いた思いを汲み取るエデとフォルは特別な言葉を介さずとも、感じ取っている。
「旦那様。そろそろ、お時間が」
静寂にも似た沈黙を破ったのは深く安心感のある執事の声――フォルだ。
エデの報告を受け無意識に黙りこくってしまったオニキスへ仕事の時間が迫っていることを伝え、視線を送る。
――それはまるで我が子を見守る親のように、優しい瞳であった。
「あぁ、そうだな。すまない」
珍しく歯切れの悪い受け答えで眉を下げ悲しそうな表情を見せたオニキスであるが、ともあれ今日も忙しい一日。次の仕事が待っていることに、変わりないのだ。
「旦那様、問題ございません」
「ありがとう、フォル」
和らぎを与えるフォルの言葉と空気感にオニキスの靄がかった心は、澄み切る。と同時にフワッといつもの余裕が、戻った。
(しかし、ここまで旦那様の御心を追い詰める者とは)
――皆様をお護りするためにも、早めに調査が必要ですな。
そう心の中でフォルは、呟く。
これまでも何か不穏を感じれば徹底的に調べ上げ、問題が起これば影ながら動き解決させるという完璧すぎる、執事だ。
そして彼はこれからも、変わらない。
ベルメルシア家とその当主となる者を――そして街全体の安寧を護るため自身の生涯をかけていくと、誓っている。頭脳明晰なフォルの頭と心の中は今、あらゆる想定を思案していた。
キィ~……パタン。
「では、行先予定通りで参りますが」
「……お願いいたします」
馬車の中、静かに腰掛けるオニキスとフォルへ出発前の声をかけた、エデ。答えるフォルは一瞬、主の顔を確認し次の仕事先へ向かうことに同意する。それから「くれぐれも」と付け加えたフォルの声色は重く、固い。




