178.時計
「そうか。よく時計を見て……覚えていたな」
(やはりレヴシャルメ種族の能力は、高い)
ジャニスティがクォーツに起きた時間を確認するのには、理由があった。
アメジストを学校へ送る際に通った、あの建物へ近付いてから調子を崩したクォーツ。彼の癒し魔法があったとはいえどのくらいで回復し、目を覚ますことができたか? 知っておく必要があると、思ったからである。
しかし聞いてはみたものの、ここまで詳しく時刻を指す答えが返ってくるとは思ってもみなかったジャニスティは、驚いていた。
それはクォーツが見ていないかもしれない(見るように言っていたわけでもない)、覚えていなくても無理もない話だと、理解していたからである。
そんなことを真剣な表情で考え込んでいるとクォーツが少しだけはにかみ、小さな声で呟く。
「お姉様が……」
「ん、アメジストお嬢様が?」
「んにゅぅ、えっと。お姉様がね、昨日はいたのになぁって。いなくなってしまう……帰る前にあそこの“とけい”? を、見ていたのです」
そう言うと急に背を向けすぐ側のソファベッドに、飛び乗る。そこにあるフカフカのクッションに顔を、埋めてしまった。
「クォーツ……」
先程まで頭を撫でていた彼の手はふわり優しく、クォーツの背中に触れる。すると顔を上げ今度は小さい声ではなくいつもの可愛らしいあの高い美声で、答え始めた。
「ウに。お兄様もいない、起きたらお姉様の事、思い出して、見てて」
さすがにまだ人族の言葉で自分の気持ちを表現することが難しいクォーツはモジモジと、恥ずかし顔で楽しそうに話す。
が、しかし。その心奥には涙するかのような瞳が――素直で正直な幼心が見え隠れしていた。
それは、きっと。
本当の意味で甘えることを知らないクォーツは気持ちを抑えているのだと気付いた、ジャニスティ。その一生懸命に明るく話そうとする妹の姿とさらに潤んでいくブラウンカラーの瞳に心動かされ、声をかけた。
「そうか、悲しい思いをさせたな」
「カナシイ……? それは、どんなことですの?」
不思議そうな顔で首を傾げ見つめてくる、表情豊かな妹。そして新しい言葉を今知りたい! という期待の眼差し。まだまだクォーツの成長はこれからなのだと改めて、思う。
「あぁ、そうだな。“悲しい”は――“嬉しい”の反対。分かるかい?」
ジャニスティは『反対』という言葉を説明する為、始めに自分の右手の甲を見せ、ふぃっと手のひらに返し反対を表現して見せた。




