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149.愛慕


「ふぅ……」

 扉が閉まり来客者(カオメド)の気配が通り過ぎるとやっと、客間に平和が訪れる。オニキスはゆっくりと目を瞑りソファの背もたれに寄りかかると、安堵の溜息をついた。


「旦那様、お疲れ様でございます」

「あぁ、少しばかり疲労を感じたよ。はっはは」


 珍しく眉尻を下げ困ったようなベルメルシア家当主の表情を見たフォルもまた、少し笑む。


 長い間ベルメルシア家を一緒に守り一番理解しているであろう(フォル)の何気ない一言も今のオニキスにとっては、重みある言葉に変化する。しかしそれは細やかで柔らかな印象を、与えていた。


――そう、フォルだからこその説得力。

 オニキスの心奥深くまで響く、心地良い声なのである。


「しかし、妙な魔法……いえ――魔力、でございましたな」

「うむ、あの力……フォルもそう感じたか」


 交渉相手は『実際に顔を合わせ、会話をするまで判らない』――それがオニキスの理念である。


 カオメドは有能な腕利きと言われていた相手。事前に得ていた情報(若き権力者)で彼の不穏な動きを感じていたとはいえ、新規開拓という極めて重要な商談であることに違いなかった。その為この部屋は音が漏れないような設備が整えられ、外からは中が見えないよう厚みのあるカーテンが付けられている。


 オニキスはソファから立ち上がると窓際へと身を運ぶ。そして閉めていたカーテンと窓を静かに開けると一気に入ってきた清々しい太陽に、ホッと目を細めた。


「んっ」

 ふと、彼は自分の足元に視線を落とす。


 キラキラと輝く陽光は部屋中へ広がっていき、その光が生み出す帯は真っ直ぐと、客間に敷かれた絨毯へ命を吹き込む。それは“癒やしと憧れの大地”と皆から愛される美しい文様で丁寧に作られたものだ。


――『(わたくし)は皆の笑顔があれば、幸せです』


(此処にいると、今でも君の明るい声が聞こえてくるようだ)

「……ベリル」

 彼の呟く声は穏やかで、溢れんばかりの愛情が込められていた。


 急死して十六年経つ今もなお、オニキスの心には変わらずアメジストの母――(いと)しきベリルが生きているのである。


(ベルメルシア家に与えられた力を、可愛い娘(アメジスト)はこれから全て、継ぐのだろうか)


 突然魔力に目覚めた愛娘、アメジストの身体と心を案じる父オニキスは先の見えない不安を、抱えていた。それは何がきっかけで、どのような理由でアメジストが力を開花させたのか? そして一時(いっとき)でもあのスピナを、皆が恐怖に(おのの)くあの継母を、(しず)めた光景が信じられなかったのだ。


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