148.計略
(目を通すまでもない。それ以前の話だ)
終始このような態度で話す彼に呆れ返っているオニキスの頭には、もう契約成立の可能性は無い。
「あぁ、ありがとう。それで、せっかくの御社からの提案だが」
「はい! どうぞこちらに――」
「すまないが、今回は見送らせていただくよ」
そのオニキスの一言で、彼の表情は一変する。
バーンッ!!!!
「なッ……! 何故です!? 見たでしょう!!」
先程までの軽い感じで上機嫌だったカオメドは急に、豹変する。声を荒げテーブルを叩き、勢いよく立ち上がった彼は怒りをあらわにした。その行動にもオニキスは涼しい表情のまま全く動じる様子もなく、答える。
「あはは、いやいや。君を否定をしているわけではない。それぞれに商売のやり方はあるだろうからね」
「そう! そうでしょう? では――」
「そう、だからこそ。君との契約はないと言っているんだが」
「んなッ!? な、何故……こんな事、有り得ない!! そんな、そん……な」
一瞬、落ち着くような素振りを見せたカオメドはオニキスのサラッとした冷静な一言に再び、激高し始める。
「カオメド様、落ち着いて下さい」
興奮状態で怒鳴り始めた青年を宥めるように声をかけ抑えたのは執事のフォル。その視線は凄まじい鋭さで表情は鬼のように、厳しい。
「あぁ、どうも。いや、だって、おかしいんだ。何故――」
ソファにドスンと腰掛け頭を抱え独り言のように呟いていた彼はハッと、何かに気付き顔面蒼白。それから「ハハッ、ハハハ……」とバツが悪そうに笑う。
「カオメド君、最後に聞いても良いかい? その『何故』という言葉の意味を。あぁ! そうだな、これは私の勝手な想像なのだが、その手に光る何らかの“魔法”が、私に全く効いていないことへの疑問――というところだろうか」
どうかね? と笑顔で訊ねるオニキスの顔を見ることも出来ず下を向いたままのカオメドはしばらく、黙りこくっていた。
「――クッ!!」
唇を噛み悔しそうな声を上げた彼はいきなりサッと、顔を上げる。そのまま開き直るかのような満面の笑みで、答え始めた。
「……は、ははッ、オニキスさん。それはまた大きな勘違いですよ~。僕にはそんな大層な力なんて、ありません! それに」
そう言いながら彼はおもむろに立ち上がり部屋の入口へと、歩き出す。
「フフッ、まだ終わっていませんので。しかし一旦、この場は失礼しますよ」
そして扉に手を置くと鼻で笑うように話し言葉を吐き捨て、去って行った。




