135.馬車
その優しいエデの眼差しは自然体で楽しそうな、アメジストの姿に向いていく。心から笑う彼女の声と笑顔は、彼が憂慮した気持ちを一瞬で忘れさせホッと安堵の表情へと、変えていった。
幸せな思いを感じて涙が零れそうになる瞳を隠すように、瞼をゆっくりと閉じるエデは、皆に聞こえない小さな声で呟いた。
「歳は、取りたくないものだ」
そうしてフッと目を開くといつもの凛々しく威厳ある表情に戻り、馬車出発の声をかける。
「アメジストお嬢様、そろそろ――」
「あっ、うっふふ! そうよね、ありがとうエデ。なんだか私、クォーツといるとワクワクして、とても楽しい気分になって……お話に夢中になってしまうの」
そう話すと満面の笑みでアメジストはクォーツの手をギュッと握り、可愛い妹に馬車へ乗るよう案内する。
「ふぇぇーお姉様!! 私が先に乗っても、良いのですか!?」
「えぇ、もちろんよ。馬車に乗るのは初めてかしら? ほら、ここに足を置いて……気を付けてね」
「ぁう、はい。えーっと?」
「うふふ、大丈夫よ。私が支えるから、クォーツ。安心して」
アメジストのクォーツを思いやる言葉から穏やかな雰囲気とまるで、ずっと何年も一緒に過ごしてきた姉妹のような信頼が感じられていた。そして二人のやりとりはその場にいる者の心をふわっと、和ませる。
「アメジストお嬢様、いつも以上に輝いていて。なんて素敵な表情をなさるのでしょう。それにもうすっかり、お姉様のようで――」
両手の平を合わせ自分の右頬に当て話すのは、お手伝いのラルミだ。潤んだ瞳でうっとりと二人を見つめている彼女は伝わってくる幸せを感じて、頬を桃色に染めていた。
ガチャッ――キィ。
ジャニスティはいつもの涼しい顔のまま、流れるように馬車の扉を開ける。そしてクォーツへ乗るようにと、目を合わせた。
(お兄様が乗ってって言ってる!)
「はい、ありがとうございます! お姉様」
不思議と言葉にしなくても心が通じ合う、ジャニスティとクォーツ。そして元気いっぱいの大きな声と周りに花を咲かせるような笑顔で答え、馬車のステップに足を乗せた。
「んー! フカフカ♪」
アメジストの助けもあり慣れない馬車もすんなり乗り込んだクォーツは、座り心地にはしゃぐ。
その無邪気な姿に思わず笑みが零れたジャニスティとアメジストはふと、目が合う。
ドキッ――。
「どうぞ、お嬢様。足元にお気を付け下さい」
優しく笑むジャニスティの表情に彼女の胸は、高鳴っていた。




