第70話~2人のハーフエルフ~
「………成る程、そんな事があったのか」
あれから時間が流れてエリスが落ち着きを取り戻すと、神影は2人に今の状況を説明し、彼女等から礼の言葉を受け取った後、あの場所で倒れていた理由を聞いていた。
「しっかし驚いたぜ。まさかお前等がエルフで、それもヒューマン族との混血とは」
話を聞き終えた神影が何と無しに放った一言に、エリスとエミリアは表情を曇らせて俯いた。
彼女等は、このヴィステリア王国の北西に隣接する国、ハルバート帝国の辺境の密林地帯にあるエルフ族の集落で人知れず暮らしていたのだが、ある日、どうやってその場所を突き止めたのか、帝国軍によって集落が攻め落とされたのだと言う。
集落のエルフ達は奴隷として連れ去られ、逆らえば殺された。
彼女等の親も、帝国兵士によって殺されたと言う。
捕まって帝国へ連行されたエリス達だが、彼女等がヒューマン族とエルフ族との混血児だと分かるや、彼女等の扱いは雑なものへと変わった。
その理由は簡単。彼女等がヒューマン族とエルフ族とのハーフと言う事だ。
このヴィステリア王国と同じように人間主義を掲げている帝国にとって、彼女等2人は人間とも呼べなければエルフとも呼べない中途半端な存在。
自分達が奴隷と見なしている亜人族の血が混じっている人間の存在など、面白くなかったのだろう。
それから、帝国のとある貴族の家へと売り飛ばされた2人だが、やはり其所でも酷い扱いを受けた。
そして家主によるストレス発散と言う名目での凌辱を受けそうになった時、遂に我慢の限界を迎え、彼女等は逃げ出してきたのだ。
「それにしても、ただハーフって理由でこんなに可愛い女の子を迫害するなんて…………この国や帝国の上層部ってアホばっかりだな」
「「かっ………!?」」
神影が呟いた『可愛い』と言う言葉に驚いたのか、目を大きく見開くエリス達。
帝国では混血児と言うだけで迫害された彼女等にとって、それは一生聞けないだろうと思っていた言葉だったのだ。
「い、今……『可愛い』って………」
「ああ、言ったぞ?」
狼狽するエリスに、『別に間違ってないだろ?』とでも言うような表情を浮かべて返す神影。
「こ、混血児なのですよ?どちらの種族にも属さない半端者なのですよ?醜いとは思わないのですか?」
「うん、全く思わん」
帝国に居た頃に受けてきた扱いによって自己評価が低くなったのか、自分達を卑下するような言い方をするエリスやエミリアに、神影は返事を返していく。
「う、嘘………集落でも、貴方のような人は居なかったのに」
「……?お前等、その集落でもあまり良く思われてなかったのか?」
そんな疑問の言葉を投げ掛ける神影に、2人はコクりと頷いた。
曰く、彼女等が住んでいた集落も、帝国やヴィステリア王国と似たような考え方、純血主義があった。
幾ら昔は他種族同士の交流が盛んに行われ、中にはそのまま結婚するケースがあったとは言っても、全てがそれに順応出来た訳ではない。
おまけに種族間戦争が起こってからは手のひらを返したように人間主義を掲げ、それ以外の種族を下等な存在として見下し、亜人族を奴隷のように扱うようになる帝国を見てからと言うもの、彼女等の集落では『ヒューマン族=敵』と言う等式が出来上がっており、そんな中で、その敵であるヒューマン族との混血児として生まれた2人は、集落でも疎まれていたのだ。
「完全に、生まれてくる環境が悪かったって事か………」
神影は、手で自分の顔を覆った。
日本のファンタジー系創作物においても、純血主義を掲げる種族は確かに存在するのだが、目の前に居る2人の体験は、創作物での展開より遥かに重いものだった。
「「…………」」
エミリア達も何も言わず、この部屋に気まずい沈黙が流れる。
「………そう言えば、お前等ってこれからどうする予定なんだ?」
ふと顔を上げた神影が、そんな事を訊ねた。
「どうする、と言われましても………」
そう言って顔を見合わせるエミリアとエリス。
彼女等の反応は、ある意味当然と言えるものだった。
あの時の彼女等は、兎に角帝国を脱出して何処かに身を隠す事しか頭に無く、逃げ切った後はどのように生活するかを考える余裕など、ある訳が無かった。
「………取り敢えず、此処にエーリヒ呼んで相談するか。グースさん達は無理そうだが、彼奴なら来れそうだし」
「ッ!あ、あの………!」
身を隠しているために部屋の外へ出られない神影は、そう呟いて"僚機念話"を使おうとするが、其処でエリスが待ったを掛けた。
「ひ、人を呼ぶのは控えてください………」
焦ったような表情で、誰も呼ばないように懇願するエリス。
その理由を訊ねようとする神影だったが、必死に頼み込むエリスと怯えたような表情を浮かべるエミリアを見ると、彼女等の心情を察した。
一先ず帝国から逃げ切り、行き倒れたところを保護されたとは言え、未だ完全に心が落ち着いた訳ではない。
今は自分1人が相手だから何とか会話出来ているが、これが2人、3人と増えていけば、間違いなく彼女等は余裕を失う。
そうなる可能性を考慮すれば、彼女等が完全に落ち着くまで待ってからにしても遅くはないだろう。
「分かった。でも、俺1人であれこれ決める訳にはいかないから、2人が完全に落ち着いたら仲間を呼ばせてもらう。それで良いか?」
「………はい」
そう頷くものの、2人の不安そうな表情は変わらない。
神影は"僚機念話"でエーリヒに通信を入れ、2人が目を覚ました事と、彼女等が完全に落ち着くまで絶対に誰も部屋に入れないよう頼んだ後、彼女等を安心させるべく、双方の頭にポンと手を置いた。
それによって体を強張らせる2人だが、神影は優しげな笑みを浮かべて2人を見た。
「大丈夫だ。皆良い奴等だし、俺が傍に居るから。安心しろ」
優しくそう言って、頭を撫でてやる神影。
「………ッ!」
頭を撫でられながら、エリスは悪夢に魘されていた自分を救ってくれたあの感覚と照らし合わせていた。
「あの時も………貴方はこうやって……?」
「さあね、何の事やら?」
そう言って手を離した神影は、机の上に置かれていたバスケットを引き寄せて蓋を開けた。
中にはパンやフルーツが入れられており、それを見たエリスとエミリアはごくりと唾液を飲み込んだ。
「そんな事より、腹減ってるだろ?コレ、この町の長官さんが用意してくれたんだ。食えよ」
「「は………はい!」」
帝国から逃げ切るまでロクに食事を摂っていなかったのか、2人は涙を流しながら、バスケットの中にある食事に手をつけていく。
「おいおい、そんなにがっついたら喉詰まるぞ」
苦笑混じりに言いつつも、神影は優しげな表情を浮かべて2人の食事を見守るのだった。
そして神影が言った通り、パンを口に詰め込み過ぎた2人が同時に喉を詰まらせ、それを見た神影が笑いながら水を用意したのは、それから数秒後の事である。
次回は会談編です。




