SS5~桜花の過去・第5部~
書いてて思った。
『この桜花編、予想以上に長引きそう………』
最初に古代さんの異変に気づいたのは、6月に入ったある日の朝でした。
「古代さん、戻ってきませんね………」
彼は体育委員であるため、体育の授業がある月曜日は、早めに登校して担当と先生に授業内容や持ち物を聞くために、体育館にある教官室へと向かうのですが、その日は、教室を出てから何れだけ経っても、彼は戻ってこなかったのです。
「確かに、普段と比べると随分遅いな。4階とは言え、彼の足の速さなら、こんなに時間は掛からない筈なんだが………」
胸の前で腕を組んだ篠塚さんが、壁に掛けられた時計に目を向けながらそう呟き、瀬上さんが相槌を打ちます。
それから数分おきに時計を見るのを繰り返している内に、予鈴が鳴る5分前になりました。
そろそろ探しに行こうかと言う話になった時、教室のドアが開いて古代さんが入ってきました。
「よお、遅くなったな」
「ああ、全くだぜ。一体何処ほっつき歩いて………?」
軽く笑いながら言う瀬上さんでしたが、途中で言葉は途切れます。
私や篠塚さんも、彼の様子を見て目を丸くしました。
「古代、眼鏡はどうしたんだ?それに、頬に貼っている絆創膏も………」
篠塚さんが、彼の顔を指差して言いました。
そう。古代さんは、頬に絆創膏を貼り、何時も掛けている黒縁の眼鏡が無い状態で帰ってきたのです。
「ああ、コレか?実はさぁ………」
絆創膏に触れながら苦笑混じりに説明を始めた古代さん曰く、教官室から戻る途中、テニス部の人にラケットをぶつけられた上に、その拍子に落とした眼鏡を踏み潰されたと言うのです。
「おいおい、それマジ不幸すぎっしょ。何をどうしたらそんな事になるんだよ?」
「ああ、それがな………」
彼の説明を聞いた私達は、思わず口をあんぐり開けてしまいました。
彼は教官室から戻る際、校舎と体育館に挟まれているテニスコートの前を通ってきたのですが、その際、ボールがコートの外に出ているのを見つけたらしいのです。
そして、偶然にも1人で練習していたテニス部員と思わしき女子生徒を見つけ、コートに入って声を掛け、彼女にボールを渡そうとしたところ、物凄い勢いで飛んできたラケットが顔に直撃したらしいのです。
「何と運の悪い…………まあ、目に当たらなかっただけ幸運だな」
「まあな」
何とも言えない表情で言う篠塚さんに、古代さんは軽く笑いながら言葉を返します。
「そ、それで………そのテニス部員の方はどうしたのですか?」
「ああ、スッゲー勢いで謝ってきたよ。ラケットぶつかった所からは血が出るし、おまけに眼鏡踏み潰されたからな…………それでパニックになって泣き出した時にはマジ焦ったぜ」
それから彼が続けるには、その女子生徒が泣き止むまで待った後、軽く慰めた後に保健室へ向かい、絆創膏を貼ってもらってから戻ってきたと言うのです。
「成る程………要は、テニスコートでのゴタゴタに巻き込まれて遅くなったと言う事か」
「そんな感じだな」
それから、彼は眼鏡を買い直すまでの間、授業のノートを写させてほしいと頼んできて、私達はそれを受け入れました。
………ですが、その際瀬上さんが悪乗りして………
「んじゃ、ついでに俺様の方も頼むわ。そうすりゃ授業で寝ててもノート提出はバッチリだし」
………等と言い出して、篠塚さんから拳骨を受けていたのは余談です。
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月日は流れ、気づけば9月の中旬になっていました。
それまで、私達は何時もと変わらない日常を過ごし、夏休み中には、4人で遊びに行く事もありました。
その際、両親が反対しないか心配だった私でしたが、中学時代は人付き合いに厳しい制限を掛けられたために友達の居ない生活をしてきた事や、古代さんの他に、瀬上さんや篠塚さんも家に招待して両親に紹介した際、瀬上さん達が信頼出来る人だと分かったのか、思いの外あっさりと許可が出ました。
そんなこんなで迎えた9月の中旬。
私の日常に、ある変化があったのです。
「雪倉、この2人が前に話した奴等だ」
それは、別のクラスに所属している2人の女子生徒、天野沙那さんと白銀奏さんでした。
話によると、6月に古代さんにラケットをぶつけて怪我をさせ、更に眼鏡を踏み潰したテニス部員と言うのが天野さんらしく、その翌日、白銀さんと共に謝りに来たと言うのです。
「お前、普段は俺や瀬上達と一緒だけど、やっぱり同姓の友達も居た方が良いと思ってな」
そう言われた私は、これまでの生活を振り返ってハッとします。
彼の言う通り、私は常に古代さん達3人と一緒に行動していたため、女友達と言うものが、1人も居ませんでした。
「えっと、雪倉桜花ちゃん………だよね?よろしく、天野沙那です。沙那って呼んでね?」
「………白銀奏よ。奏で良いわ」
「は、はい!よろしくお願いしま!」
なので、初めて同姓の友達が出来たと言うのは、やはり嬉しく感じられました。
これまで送ってきた、友達が居ない生活から一転して、高校に入学してからは、友達が5人も出来たのです。
他の人からすれば少ないかもしれませんが、私にとっては、十分多いと言える人数でした。
「(きっと、この2人とも………!)」
古代さんや瀬上さん、そして篠塚さんのように、素敵な友達として、一緒に遊んだり、ちょっとした話で笑い合えたりするんだと思い、今後の生活への期待に胸が膨らみます。
…………ですが暫くの間、私が思っていたようにはなりませんでした。
先ず、奏さんが古代さん達に取る態度が、何処と無く刺々しかったのです。
私や沙那さんには、普通の友達として接してくれるのですが、古代さん達が話し掛けると、何故か冷たい反応を見せるのです。
それに、ある日の放課後、私は奏さんに呼び出されたのですが………
「ねえ、桜花。貴女って高校に入ってからは、ずっとあの3人と一緒に居たの?」
「はい、そうですが………それが何か?」
あまりにも唐突な質問に戸惑いながらそう返した私に、奏さんはこんな事を言ったのです。
「よく今まで耐えてこられたわね。あんな、私達の体しか見ないような俗物共と一緒なんて…………私なら絶対耐えられないわよ」
そう言って話を続ける奏さん曰く、私は、彼女や沙那さんとの3人で"学園三大美少女"と呼ばれているらしく、他の男子生徒達が、沙那さんや奏さん、果てには私の噂話をしていると言うのです。
その噂の内容は……………あまり言いたくないのですが、3人揃ってエッチな体つきをしていると言うものなのです。
よく考えてみれば、私や沙那さんや奏さんは、確かに胸は大きいです。
中でも奏さんの胸は群を抜いて大きく、その抜群のスタイルから、世間ではグラビアアイドルとか呼ばれている、水着とか下着姿とか、ものによっては裸と言った、エッチな写真やビデオに出演するアイドルの取材を何度も持ち掛けられたそうです。
それに中学3年の後半、沙那さんと共に立て続けに告白されたらしく、その理由が、『スタイル抜群の美少女と付き合えば自慢出来る』と言う酷い内容だったと、奏さんは言いました。
「だから貴女も、男子には気を付けた方が良いわ。あの3人も、もしかしたら貴女に邪な目を向けているかもしれないし」
「そ、そんな事はありません!古代さん達は、ちゃんと普通の友達として見てくれています!」
そう言い返す私ですが、奏さんの態度は変わりません。
「それはどうかしら?ただ表情に出さないだけで、内心では卑猥な事を考えている、なんて事も十分有り得るわよ?」
それだけ言い残すと、彼女は去っていきました。
そして次の日も、また次の日も、彼女が古代さん達に取る態度は冷たいままでした。
そんな日々がずっと続くのかと思っていたある日、突然、奏さんの態度が軟化したのです。
しかも、瀬上さんや篠塚さんに頭を下げ、ずっと冷たく接していた事を謝っています。
何が何だか分からなくなった私は、沙那さんを捕まえて何があったのかと問い詰めます。
「その、実はね………?」
それから話を始めた沙那さんが言うには、その2日前の放課後、奏さんは古代さんを校舎裏へ呼び出して、『これ以上沙那に近づくな』と言い出したらしいのです。
どうやら奏さんは、6月のあの日、沙那さんに怪我をさせられた上に眼鏡を壊され、それを彼女が気にしている事を利用して、古代さんが沙那さんに近づこうと企んでいると思い込んでいたらしく、古代さんを罵ったと言うのです。
ですが、その矛先が瀬上さんや篠塚さんに向けられた時、友人を馬鹿にされた事に激怒した古代さんに殴られた上に怒鳴られ、その次の日、沙那さんから本心を聞かされた事で漸く誤解だったと気づき、今に至ると言う訳です。
「桜花………」
そうしていると、私に気づいた奏さんが近づいてきて、深々と頭を下げます。
「ごめんなさい…………貴女の言う通りだったわ」
そう言って奏さんは、古代さんに怒られた事や、沙那さんから本心を聞かされた日の事を全て話した後、瀬上さん達と話している古代さんの方へと顔を向けます。
「彼は他の男子と違って、私達各々を、1人の女の子として見てくれているのね」
「そうだよ!だから言ったでしょ?古代君は………」
割り込んできた沙那さんが、目を輝かせて彼の話をします。
それから楽しそうに話す沙那さんでしたが、話が聞こえたのか、チラリと振り向いた古代さんと目が合い、彼が手を軽く挙げると、彼女は頬を赤らめます。
「…………ッ」
それを見た私は、胸がキュッと締め付けられるような、今まで感じた事の無い奇妙な感覚に襲われます。
「(この感覚は………?)」
内心で疑問を呟くものの、その答えが出る事はありません。
そんな私の傍らでは、何時の間にか直ぐ近くに来ていた古代さんが、沙那さんと楽しげに話しています。
「………ッ!?」
すると、また先程の感覚が私を襲います。
沙那さんと古代さんが楽しげに話しているのを…………見たくないと、思ってしまうのです。
まるで、仲良くなった人を、横から取られてしまうような…………
「(どうして…………?私、そんな事を………?)」
友達同士、仲良くするのは良い事なのに、それを素直に喜べないのです。
──沙那さんにばかり、構わないでほしい………
──もっと、私を見てほしい………沙那さんではなく、私を…………
そんな気持ち悪い感情が、心の中で渦を巻くのです。
「(わ、私の馬鹿!何を考えているのですか!)」
そんな事を考えてしまう自分を内心で叱りつけるものの、結局、この気持ち悪い感情が消える事はありませんでした。
「…………」
その際、沙那さんから複雑そうな眼差しを向けられていたのですが、それに気づくことも、ありませんでした。
さて、これまで連日投稿を続けてきた本作ですが、明日は部活終わりに映画を見に行くので、投稿は出来ないと思います。




