第42話~盗賊の根城で一泊・前編~
「良し、箱はコレで最後だな」
神影が牢屋の前を出発した頃、エーリヒは神影が最初に入った穴の奥に居た。
彼の目の前には、先程神影が運び出してきたのと同じ箱が置かれている。
持ち上げてみると、ずっしりした重量感が伝わってきた。
「ステータスもあって普通に持ち上げられるけど、やっぱり重量感があるなぁ。こんなのを3つとか…………余程多くの村や冒険者を襲ってきたんだろうな」
そう呟き、エーリヒは出口へ向けて歩き出す。
「それにしても、コレを僕とミカゲだけで全部貰えるのか…………僕等、一気に大金持ちだな。それに、暫くは装備に困らないぞ!」
出口へ向けて歩みを進めながら、頬を緩ませるエーリヒ。
箱の中に詰め込まれていたポーションや武器は、迷宮で手に入る他、専門店でも購入出来るのだが、購入する場合、それらの殆んどが高価なのだ。
「まあ取り敢えず、後でミカゲと折半しないと………おっ」
そうしている内に、エーリヒは出口に着いていた。
「ミカゲ、もう来てるかな………?」
ウキウキしながら外に出ると、ちょうど神影が一番奥の穴から出てきた。
「あっ、来た来た!」
そう声を発して手を振ると、神影もエーリヒに気づき、駆け寄ってきた。
「ねえ、見てよミカゲ!君の言う通り、こんなにも箱があったんだ。僕等、一気に大金持ちだよ!」
近寄ってきた神影に、エーリヒは嬉しそうに言った。
彼等の前にあるのは、大きな箱が3つ………しかも、何れもずっしりした重さを持つ。
1つ目の中身からして、残りの2つの中身についても大いに期待出来るだろう。
「おお、そりゃ良かったな」
そんなに戦利品が多いのかと頬を緩めた神影は、一瞬箱の方に目を向けるが、本来の目的を優先させるべきだと頭を振った。
「それもそうだけど………エーリヒ」
「え、何?どうしたの?」
戦利品の事を脇に置いて話題を変えた神影に、エーリヒは戸惑いながら聞き返す。
それから神影は、牢屋の前に着いてからの話をするのだった。
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「成る程、そんな事があったのか………」
神影から話を聞き終えたエーリヒは、そう言って胸の前で腕を組んだ。
「それにしても酷い連中だね。服を剥ぎ取って、着せるのはボロ布。しかも足りなかったら裸のまま放置するなんて」
表情を不快そうに歪めて、エーリヒは言う。
「と言う訳で、俺は他の穴に入って服を探してみるから、お前は女性達に回復魔法を使ってやってくれ」
そう言われたエーリヒは頷こうとしたが、神影の言葉の中に引っ掛かるものがあり、首を傾げた。
「どうして、回復魔法が必要なんだい?誰か怪我してるの?」
「いや、怪我って程でもないけど………女性達の体に縄の痕があるんだよ。かなり痛そうにしてたから、見てられなくてさ………」
「そっか………分かった、任せて」
そう言って、エーリヒは一番奥の穴へと駆けていき、それを見送った神影は、女性達の服を探すため、他の穴へと駆け込んでいくのだった。
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さて、神影と入れ替わるように一番奥の穴に駆け込んだエーリヒは、光属性の魔法の1つ、"灯光"で一本道を照らしながら歩いていた。
「牢屋に向かってるのは良いけど、女性達には何て言えば良いのかな………?」
人が横2列で歩ける程度の幅の一本道に、エーリヒの声が小さく響いた。
現段階では、牢屋に居る女性達と直に会ったのは神影だけだ。其処へ別の人間が突然現れて治療する事を伝えても、怪しまれるのがオチだろう。
「取り敢えず、僕がミカゲの仲間だって事を分かってもらわないと、話は始まらないだろうな………」
エーリヒがそう呟いた時だった。
「誰なの?」
「………!」
奥から若干の警戒心を含んだ声が聞こえ、エーリヒは足を止めた。
何を言うべきか考え付いていない状態で声を掛けられたために一瞬焦るエーリヒだったが、それを表に出せば怪しまれる。
そうなる事を避けるため、エーリヒは一旦深呼吸して落ち着きを取り戻してから答えた。
「ミカゲの冒険者仲間、エーリヒ・トヴァルカインです。彼に頼まれて来ました」
そう言うと、奥から安堵の溜め息をつく声が小さく聞こえてくる。
「そちらに近づいても良いでしょうか?」
「ええ」
信じてもらえたようで、あっさりと許しが出る。
それに安堵したエーリヒは牢屋の前へと歩みを進め…………
「…………………」
絶句した。
彼がこうなるのは無理もない。
何せ、豊満な体つきをしている美女、美少女が裸同然の格好(一部は本当に裸)を晒しているのだ。
寧ろ、彼のような反応をしない方が異常だと言えるだろう。
「えっと、ミカゲから聞いたんですけど………全員、解放されるまで縛られてたんですよね…………?」
「ええ、そうよ。お陰で痕がくっきり残ってるし、今でも少し痛いわ」
おずおず訊ねるエーリヒに、アメリアが答えた。
彼女の腕や足には、確かに縄の痕が残っており、それは他の女性達も同じだった。
「そうですか………」
そう言って、エーリヒは全身に魔力のオーラを纏った。
「な、何をするつもり?」
アメリアが警戒心を含んだ声で訊ね、他の女性達は怯えて後退りした。
「大丈夫ですよ、別に変な事はしませんから」
そう答えると、エーリヒは纏っていた魔力のオーラを牢屋全体に広げ、女性達を包み込む。
すると、彼女等の体に刻み付けられていた縄の痕が消え、それと共に痛みも消え去った。
「す、凄い………」
「全員、一気に………」
縄の痕や痛みが最初から存在しなかったかのように消えた事や、1人ずつではなく全員纏めて効果を発揮した事に、女性達は驚く。
「あ、貴方………この縄の痕に気づいてたの?」
「いえ、ミカゲに言われたんですよ。『痛そうにしてたから何とかしてやってくれ』と」
おずおず訊ねてきたアメリアに、エーリヒはそう答えた。
「さて、これからどうする………ん?」
女性達の治療を終えたのは良いものの、これなら何をすれば良いのかを聞いていなかったために悩むエーリヒだが、近づいてくる足音に思考を中断して振り向く。
其所に居たのは、当然ながら神影だった。
「やあ、ミカゲ。服は見つかったの?」
そう言うエーリヒに、神影は首を横に振った。
「いや、どの穴にも無かった。あったのは馬車だけだ…………多分だが、連中は彼女等を捕まえた時に服を剥ぎ取って、その辺に捨てたんだろうな」
「つくづく見下げ果てた野郎共だね」
エーリヒが若干乱暴な口調で吐き捨て不快げに表情を歪めた。
「つー訳でエーリヒ、お前の家からこの人達に服を持ってきてやる事って出来るか?持ってくる時は、俺の鞄使っても良いから」
神影が訊ねると、エーリヒは笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、それなら大丈夫。親の服が残ってたから、それを持ってくるよ」
「すまん、助かる」
そうしてエーリヒが外に出ようとした、その時だった。
「あ、あの………」
女性の1人が、恐る恐る声を発した。
神影とエーリヒがその女性に顔を向けると、彼女は2人の視線に一瞬怯みながらも口を開いた。
彼女曰く、自分達も外に出たいとの事だ。
穴の奥の牢屋に長時間閉じ込められていたため、外に出て新鮮な空気を吸いたいと言うのが、彼女の言い分だった。
「成る程ね………まあ、俺は構いませんが……」
そう呟き、神影はエーリヒに顔を向ける。
「良いんじゃない?僕も彼女等の立場だったらそうしたいって思うし、万が一魔物が居たとしても、僕等が守れば良いからね」
エーリヒも賛成らしく、神影の視線に頷いた。
「決まりだな………それじゃあ皆さん、行きましょうか」
神影がそう言うと、女性達は次々に立ち上がり、先に立って歩き出した神影に続いた。
「さて、それじゃあ僕も………ん?」
最後尾から続こうとしたエーリヒだったが、ロングヘアの黒髪に、陰りを含ませながらも清楚な雰囲気を持つ女性が、1人ポツンと取り残されている事に気づいた。
力無く座り込んでいるその女性は何処と無く辛そうにしており、放っておけなくなったエーリヒは彼女の前で膝をついた。
「どうしました?他の皆は、もう行きましたよ?」
怖がらせないよう、優しげな声音で話し掛けるエーリヒ。
「す、すみません…………私、元から貧血気味で………あっ」
「おっと」
そう言って倒れそうになる女性だが、エーリヒが優しく受け止めた。
それによって彼女の豊満な胸が密着するのだが、今はそれを気にしている場合ではないと、エーリヒは自分自身に言い聞かせる。
「すみません………私なら、大丈夫ですから………貴方は、先に……………」
貧血持ちであるために邪魔になると思ったのか、自分を置いていくように言う女性だが、エーリヒは首を横に振り、何も言わずに女性を横抱きにした。
「ッ!?」
「流石に、1人だけ置き去りにする事は出来ません。嫌かもしれませんが、我慢してください」
急に横抱きにされた事に驚いて目を見開く女性にそう言って、エーリヒは外へ向けて歩き出すのだった。
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外に出ると、女性達はその場に広がる惨状など気にも留めず、数時間ぶりの外の空気を味わっていた。
エーリヒに横抱きにされて出てきた女性も地面に降ろされ、外の新鮮な空気を取り込んでいる。
そんな中、岩場に凭れていた神影にエーリヒが話し掛けた。
「それじゃあミカゲ、行ってくるよ」
「ああ、よろしく頼むぜ」
エーリヒに気づいた神影がそう言うと、彼は頷き、ノースアメリカン社によって開発された世界初の実用超音速戦闘機、F-100こと"スーパーセイバー"を展開した。
それに驚く女性達を他所にエンジンを始動させたエーリヒは、足の裏から競り出てきた車輪を転がし、神影の誘導通りに進んでいく。
そして神影の合図を受け、エーリヒはアフターバーナーの轟音を響かせながら滑走し、ルビーンへ向けて飛び立つのだった。




